「願いを掴む影」

人一

「願いを掴む影」

「なぁ、お前『猿の手』って知ってるか?」

「あぁ、知ってるぞ。確か……願いを叶えてくれるマジックアイテムだろ?それがどうかしたか?」

「これ見てみろよ!ほら。」

そう言って手渡されたのは、枯れ枝のような腕のミイラだった。

「え?もしかしてこれって……」

「そう!この前骨董市に行った時に、見つけたんだ~」

……願いが叶うアイテムが骨董市で売られてるのか。

実在するなんて思ってなかったし、少しだけ興味が沸いた。

「なぁ……これ俺にくれないか?もちろんタダじゃないし、少し色もつけるからさ?」

「これが欲しいのか?『猿の手』っぽいからってこんなんガラクタだぞ?

……まぁ、金払ってくれるならいいか。」

――そうして俺は『猿の手』を友人から買い取った。

願いなんて叶わないのも、100も承知だが叶えば儲けものだ。


友人と別れたその日の夕方。

俺は『猿の手』を手の中で遊びながら、帰宅していた。

「ここまた新しいビルが建つのか……それよりも『猿の手』だ。

何を願おうかな~やっぱり……願いと言えばお金!」

「そういことで『猿の手』お金をくださ~い。」


――ミシリ。


――ガラン、ガラン……ドガン!!!!


「うわっ、なんだ……って、これは……」

舞う土埃が払うと、目の前には信じられない光景が広がっていた。

ちょうど自分の目の前に工事現場からだろうか、鉄骨が数本落下し突き刺さっていた。

しかもただ地面を抉っているだけでなく、はっきりと血溜まりが見えてしまった。


――パサリ


「うわっ!頭の上に……ってこれは宝くじ?」

目の前の人の持ち物なのか、血に濡れた宝くじが舞い降りてきた。

俺は気味が悪くなり、目の前の現実から目を背けて逃げるように立ち去った。


そして数日間は、鉄骨落下事故が世間を騒がせていた。

俺はあの宝くじを何故か捨てずにいられた。

「今日は当選確認日か……」

うだつが上がらない気持ちで一応確認した。

「うわ……当たってる……4等10万円が。」


――俺は、その宝くじを売り場に持って行き換金した。

血に濡れていることを誤魔化し、金を受け取ったが気分は晴れなかった。


「どうにも落ち込んで気分が苦しいな……気分を晴らせるような面白い人に会いたい、って言えば兄貴がいるじゃんか!」

「いつも落ち込んだ時は、兄貴が駆けつけて笑わせてくれてたもんな……」

俺の兄貴は、俺には優しく面白い人だったんだが少々頭が弱くて、いわゆる受け子をやってしまい現在刑務所に収監されていた。


俺は『猿の手』をカバンから取り出した。

「あれ?なんか指が1本へし折れてるけど……どっかにぶつけたか?

まぁ、いいか。じゃあ『猿の手』兄貴を釈放してくれ!」


――ミシリ。


……何も起こらない。

「まぁこんなオカルトアイテムに願ったって本当に何か起きるわけないよな。前回の事故だってたまたまだろうし……」

そう言いながら俺はテレビをつけてニュース番組に切り替えた。


「速報です。〇〇県✕✕市の■■刑務所で火災が発生しました。消防によりますと、現在も消火活動が続いています。警察によりますと、これまでのところ脱獄した囚人は確認されていないということです。警察は出火の原因について詳しく調べています。」


ニュースの画面には大きな炎に巻かれる刑務所が映し出されていた。

「ここって兄貴がいる……」

俺はテレビに釘付けになり、兄の安否を祈ることしかできなかった。

新しい情報はまだかまだかと、1人で画面越しのキャスターを急かしていると……


「■■刑務所で発生した火災の続報です。消防によりますと、火はすでに消し止められました。警察によりますと、これまでに職員と収容されていた囚人の生存は確認されていないということです。警察は引き続き、出火の原因について詳しく調べています。以上お昼のニュースでした。」


「そんな……嘘だろ……兄貴……」

俺は膝から崩れ落ちた。

そして家族が、突然いなくなった現実に打ちのめされ涙を流すことしかできなかった。


火災の日から2ヶ月が経った。

警察は最後まで、不審火の可能性も否定できないなどと詳しい出火原因を特定できていないようだった。

兄貴の遺品整理や葬式も終わり、少しづつ日常に帰ってきていた。


そして……俺は知ってしまった。

『猿の手』の真実について。

『猿の手』は確かに願いを叶えてくれるマジックアイテムだが、その叶え方は最悪な叶え方になると。

思い返せば、お金を願ったら目の前で人が潰されてその人が持っていたであろう宝くじが手に入った。

兄貴の釈放を願ったら、火災が起き結果的に兄貴は外に出れた。

こんなんじゃ、どちらも俺の願いが2人を殺したようなものだ。

真実を知った日は、もはや恐怖なんて言葉すら生ぬるく感じる程の嫌悪感に襲われた。

どうにか捨てようかと思ったが、『猿の手』についてかつての俺みたく浅い知識しか持ってない人が拾うと大変なことになる。

手元に厳重にしまって保管しておくのが1番安全だろうという結論に至った。

手元にあるのは落ち着かないが、それに願わなければ大丈夫だろう。


もう『猿の手』なんて持ち歩かず、俺はカフェのテラス席でランチを食べていた。

明るい店内からは軽快なBGMが流れていたが、俺の心は曇天のままだった。

ずっと自省する日々だったが、正直心は疲弊していた。

「あぁ……無敵になれればメンタルも強くなるだろうし、こんなぐちゃぐちゃの感情のまま後ろ向きで生きなくて済むんだろうな……」


――ミシリ。


そう、耳元で乾いた音が確かに聞こえた。

思わず振り返るも、何も無く誰もいなかった。


――キャーー!!


悲鳴が上がった方に目を向けると、大型バスがクラクションを鳴らすこともなく、人々や物をなぎ倒しながらこっちに一直線に爆走していた。

俺は、体を何本もの手で押さえつけられているかのように動くことができなかった。


そして叫ぶ間もなく、向かってくる死を載せたバスのフロントガラスに、笑顔の俺が映し出されていた。

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「願いを掴む影」 人一 @hitoHito93

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