第2話 「自分たちを守るために戦うんだ」
幼いころの夏休み。
あんなにギラギラと輝いていた太陽と青空を、一瞬にして黒く塗りつぶす、夕立が怖かった。
ゆうだち――なんとなく響きが「ともだち」に似ているからだろう。
仲良くしてくれる友だちも、いつかはいなくなっちゃうんじゃないか。
そんなこじつけまでして、よけいに不安になっていたものだ。
いま、わたしは夕立よりも、何倍も理不尽な状況に巻き込まれたらしい。
ブルースクリーンに吸い込まれたかと思うと、その先には暗闇が広がっていた。
身体にあたる空気から、夜で、外なのだと、脳が遅れて処理していく。
見上げれば、白い光が丸く輝いていた。
満月らしい。
そうだとわかると、目もだんだんと馴染んできて、あたりの様子がわかってきた。
「皆さん、大丈夫っすか!」
声のしたほうを向くと、布施さんの顔があった。
しかし、なぜだろう、違和感がある。
その違和感の正体に気づく前に、「7人いる」と言ったのは福徳さんだ。
見渡すと、布施さん、福徳さんだけではなく、RTPチームが集結していた。
会議室には来れなかった亜門さんもいる。
その亜門さんの格好が、いちばん異質だった。
「俺はどうしてこんな鎧を着せられているんだ?」
言葉とは裏腹に、亜門さんは腕を小刻みに動かして楽しそうにしている。
食器棚が揺れたときのような、かちゃかちゃという音が響く。
「みんなこれじゃRTPじゃなくて、RPGみたいっすね」
軽口を叩いた布施さんは、オフィスでは絶対に見たことがないようなローブを羽織っている。
老川さんも同じような、色違いのローブだ。
「布施くんたち、いいなあ。魔法使いみたいじゃん」
そう言った財前さんは、亜門さんよりも簡素な鎧を身につけている。
亜門さんがパワーだとすれば、財前さんはスピード、それくらい、鎧だけでも差がありそうだ。
わたしは――チュニックを着ている。どこにでもあるような織りの粗い布だ。
それだけなら他のメンバーよりも現実感があるが、肩にかかったマントが風になびくたびに、リアリティが失われていく。
同じようなマントは、大黒さんと福徳さんも着用していた。
簡単に分類するなら、魔法使いのようなローブを纏っているのが布施さんと老川さん。
鎧で身を固めているのが亜門さんと財前さん。
マントを羽織るのが大黒さんと福徳さんとわたし、ということになる。
そして――
円形に座るわたしたちの前には、装備品らしきものが置かれている。
剣、盾、杖。
いままでに見たことがないような道具たちが並ぶなかで、わたしの前に置かれているものは、ただの木の棒だった。
「状況を整理しよう」と大黒さんが言った。「Why はいまは考えない。まずおこなうべきは、安全を確保することだ」
「ここ……森の中なんですかね? だとすれば、森からは抜けたいっすよね」
布施さんが杖を掲げながら言う。
同じようなローブの老川さんには、杖ではなく本のようなものが与えられたらしい。
実際のフロントエンドエンジニア、バックエンドエンジニアという肩書きと同じように、二人は一見すると似ているようで役割が異なるらしい。
「でも、夜の間に動くのは危険じゃないかな。日が出てから動いたほうが……」
「月明かりしかないのにじっとしているのも、けっこう危ないっすよね……」
布施さんと老川さんのやりとりを聞きながら、どっちがいいんだろう、とわたしも考える。
本来は率先してファシリテーターにならないといけないはずのわたしは、そんなことも忘れて、本気で考えていた。
「比留間ちゃんの、それさ」
だから、財前さんに言われたとき、それが何を指しているのかまったくわからなかった。
「もしかして、たいまつじゃない?」
全員の注目がわたしに集まる。
正確には、わたしの前に置かれた木の棒を見ている。
よく見ると、片方の先端には布のようなものが巻かれている。キャンプファイヤーで中央の木に火をくべるためのトーチを思い出す。
「でも火種がない」と福徳さんが言う。
テレビのサバイバル番組で定番の、木と木を擦り合わせて火を起こす光景を思い浮かべる。
それをするくらいなら、じっと朝を待ったほうが早そうな気がする。
「ライターならある」
一同は、おお、と期待の声をあげながら、亜門さんを見た。
そういえば、亜門さんはチームで唯一の喫煙者だ。
しかし、亜門さんは「と思ったが、こいつにはポケットという概念がなさそうだ」と鎧をごつんと叩いてみせた。
「布施くんのそれは? なんか明るくなる魔法とか使えそうじゃない?」
「いやいや財前さん、無茶ぶりきついですって! パソコンだけあってもコードは書けないじゃないっすか」
わかるようでわからない喩えをしながらも、布施さんは「明るくなれ!」と杖を振ってくれる。
しかし、何も起こらない。
布施さんは、ほらね、と肩をすくめる。
「僕のほうならできるかも?」
老川さんは本に手を伸ばした。
本を適当に開き、上下をひっくり返し、またひっくり返す。
本を読む人がまずしないコミカルな動きに、思わず笑ってしまいそうになる。
「ダメだこりゃ。右から読むのか左から読むのかすらわからん」
「どれどれ……うわ、見たことない言語っすね」
「魔導書なんだろうけど、せめて魔法の説明は読める言語で書いてくれよ……」
火をつける手段は思いつくのに、どれも実行に移せないのがもどかしい。
ひとつうまくいかないと、仮に火がついたところでその先はどうするのか、と連鎖的にネガティブな思考が始まってしまう。
この森を抜けられるのだろうか。
森を抜けたら安心なのだろうか。
元いた世界に帰れるのだろうか。
ぎぃやぁ――
その声はわたしの思考と、全員の会話を一瞬にして止めた。
およそ人間のものとは思えない、獣めいた、つんざくような鳴き声。
近くで枝の折れるような音がする。
そうかと思うと、すたた、すたた、と軽い足取りが近づいてくる。
わたし以外の、全員の動きが速かった。
亜門さんは大きな盾を構えて、中腰で立ち上がる。
福徳さんも剣と盾を両手に、眼光を鋭くしている。
財前さんにも短剣が与えられていたようで、先制攻撃をしようとばかりに素振りを繰り返す。
布施さんと老川さんは、使い方がわからない杖と魔導書を、それでも手にした。最悪、物理攻撃はできる。
大黒さんの支給品は何もなかったらしい。それでも誰よりも落ち着き払っているのはさすがだ。
わたしは、火のつかないたいまつを持った。
「いいか、こちらから攻撃はしない。自分たちを守るために戦うんだ」
大黒さんが宣言したことで、本当に戦闘が始まるのかもしれない、と恐怖が込み上げてくる。
まだチームビルディングもしてないのに。
ぎぃやぁ――
ひょこっ、と鳴き声の主が木々の間から現れた。
思わず悲鳴をあげそうになったのは、わたしだけではなさそうだ。財前さんが息を呑むのがわかったし、大黒さんもたじろいでいた。布施さんが小さく「マジかよ……」と言った。
初めて見る生物だった。
初めて見るのに、さらに見たことがない存在に喩えるのはどうかと思うが、小さな鬼のような見た目をしている。
鋭く尖った耳と、禿げ上がった頭が特徴的だ。身体はそれほど大きくなく、腰にはただ巻きつけただけのようなボロボロの腰布をぶら下げている。
ここまでなら、好意的に解釈すれば、人間だと思えたかもしれない。
しかし、その全身の肌が緑色に染まっていることは、たいまつの火がなくてもありありとわかった。
その小鬼は、その場で右、左、とステップを踏む動きを繰り返している。
わたしたちと一定距離を保ったまま、向こうもどうしたものかと思案しているかのようだった。
「大黒さん」と布施さんが耳打ちしているのが聞こえる。「いまのうちに逃げましょう。仲間を呼ばれたらまずい気がします」
「みんな、すまない。僕の判断ミスだ」
ぎぃやぁ――
ぎぃやぁ――
ぎぃやぁ――
木々の間から、一斉に小鬼たちが飛び出してくる。
即興の7人チームは、統率がとれた部隊に、いとも簡単に囲まれてしまったのだった。
異世界キックオフ 〜まだチームビルディングもしてないのに!?〜 大羽 翔 @over_show
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