異世界キックオフ 〜まだチームビルディングもしてないのに!?〜

大羽 翔

第1話 「何人いれば、誰がいれば、チームなんだろうね」

 いちにーさんしーごーろく、いちにーさんしーごーろく。

 何度数えなおしても、左手の2本目の指が伸びない。


 大黒おおぐろさんが腕を組みながら、会議室の壁掛け時計をじっと見ている。

 会議の開始時刻である15時ちょうどから3分が経過しても、まだ亜門あもんさんが来ない。


 そして、この3分間、誰も何も言葉を発していない。

 それぞれが、それぞれのパソコンを操作する音だけが、会議室に反響している。


 あんなに内容を叩き込んだはずの教本には、「チームビルディングにメンバーが集まらない場合」なんてケースは書いてなかった。


 1人でも不在だったらリスケしたほうがいいのか、でも忙しいメンバーの予定を再調整できるのか、むしろ1人いないだけだったら進めてもいいのか、いやそれはチームビルディングといえるのか、そもそも亜門さんはどうしたのか――。


 いろいろな思考が脳内に溢れてくるけど、どれもグルグルと回りつづけるだけで言葉にはならない。

 わたしがこの場を回さないといけないのに。


「あれ、ステージング環境で障害っぽいっすね」


 布施ふせさんが、ほら、と隣に座る大黒さんにパソコンを向ける。


「原因不明でとりあえずインフラにエスカレか……それで亜門くんも巻き込まれているらしいな」


 で、どうする?

 という声が聞こえてきそうな視線を、大黒さんが向けてくる。

 どうしよう、わたしが判断しないといけないの?


「……ステージング環境なら、大きなトラブルではない……ですよね……?」


 大黒さんを見ながら話すのが怖くて、途中から布施さんに視線を移した。

 布施さんは、まあ、たぶん、と曖昧そうに頷く。


「であれば、亜門さんも途中から参加できるかもしれないですし……時間が経ってしまいましたが、このまま始めましょう」

「それは、意味があるのか?」


 頭の奥で、襖が閉まる音が聞こえた気がした。


 すうっと意識が遠のいていくような感覚になり、不思議と会議室全体の様子がわかる。

 それまで、我関せずといったふうにパソコンに向き合っていた人たちが、手を止めて、わたしのことを見ている。


 こわい。

 そんなふうに見ないで。


「比留間さん、今はチームビルディングの時間なんだよね?」

「……そうです」

「亜門くんは、僕にとっては大事なチームの一員なんだけど、君にとってはそうではないみたいだ」

「そんなこと……」

「やめよう、時間の無駄だ」


 そう言って大黒さんは立ち上がった。


「それとも、僕が抜けてもチームビルディングを続けるかい? じゃあ何人いれば、誰がいれば、チームなんだろうね」


 何も言い返せなかった。

 大黒さんの圧力に屈したからではない。

 そのとおりだ、と思ってしまったからだ。

 そう思う人がいるかもしれないことを想像して、判断することができなかった。


 大黒さんがいなくなってすぐに、老川おいかわさんが、あのー、と手を挙げた。


「僕も亜門さんのヘルプしてきますね、すみません」

「わたしも再現確認とか手伝ったほうがいいよね?」

「ですね、財前ざいぜんさんもいてくれると安心です」


 じゃあそういうことで、とバックエンドエンジニアの老川さんと、QAエンジニアの財前さんもいなくなる。


 緊急対応をすることになった亜門さん。

 亜門さんがいない状況でチームビルディングを進めようとしたわたしに、ストップをかけた大黒さん。

 亜門さんの緊急対応を手伝えないかと駆けつける、老川さんと財前さん。


 もうチームとして成熟しているじゃないか。

 未熟なのはわたしだけだ。


 そもそも、わたし以外の6人は、全員が同じチームになったことはないけど、同じ会社に所属している顔見知りだ。

 6人はそれぞれ得意な業務領域が異なる。その人たちをひとつのチームに集めることで、チーム内だけでなんでもできる精鋭部隊をつくろう、というプロジェクト、通称RTP(Role-Team-Project)が立ち上がることになった。


 7人目のわたしだけが業務委託契約で、チームが円滑にプロジェクトを進行できるようにサポートするために、チームに参加した。

 つまり、どう考えても、わたしの存在だけが異分子なのだ。


福徳ふくとくさんは行かなくていいんすか?」


 会議室に残ったのは、いちにーさん。

 7人チームなのに、過半数にも満たない。

 でも、残った中に布施さんがいてくれることは、ありがたいと思ってしまう。


「呼ばれてもないのに、行くことはない。あの2人も、ここから逃げる口実が欲しかっただけだろう」

「え、そうなんすか?」


 そうなの? とわたしも、思わず福徳さんのことを見つめる。


「さっきの障害情報、もう1回見てみるといい」

「……ああ、クライアント側の問題っぽいって切り分けされてますね」

「3分前、つまり2人がまだここにいるときに、な。何か手伝うことがあると思うか?」


 チームでいちばん視野が広いのは、間違いなく福徳さんだ。

 無愛想なところはあるが、メンバーからの信頼も厚いらしい。


「で、結局どんなことやろうとしてたんすか?」


 福徳さんとの会話のつづきだと思って油断していたから、「比留間さん」と呼ばれて、「え、わたし?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。


「俺、実はRTP、結構楽しみにしてるんすよ。ふつうにコード書くのも好きだけど、仕事がどう変わるのかなって」

 ね、と布施さんは福徳さんに水を向けるが、福徳さんはそうでもないらしい。


「今日は、『Two truths and a lie』というワークをやろうと考えていました」


 福徳さんは聞いたことがあるのか、軽く頷いている。

 ぴんとこない様子の布施さんに、内容を説明しようとしたところ、全員のパソコンからSlackの通知音が聞こえた。


「あれ、スピーカー出力にしてたっけな……」


 布施さんが自分のパソコンを確認するよりも早く、わたしはその通知の内容を目にした。


*****

プロギアス王国 / ステノール王 から新しいチャンネルに招待されました

#isekai-project

> プロジェクト名: 魔王討伐

> 日時: 今すぐ

> 出席者: RTPチーム

*****


「は? なにこれ? 魔王討伐? イタズラっすかね?」


 布施さんの反応からして、同じ通知が届いたらしい。

 福徳さんもわけがわからないといった様子で、「情シスのセキュリティ訓練かもな。とりあえずクリックはしないように」とだけ言った。


 その直後、パソコンがブルースクリーンになった。

 それなのに、右下の通知メッセージが残りつづけている。

 

「これ、再起動したら直りますかね?」

「情シスに聞いてみないと、なんとも」


 あ、という声は最初に自分から漏れたような気もするし、3人ほぼ同時だったような気もする。

 キーボードに置いていた手が画面の中に吸い込まれていく。

 痛みはないが逆らうことはできない。


「なんだよ、これ、どうなってんだよ……福徳さん……」

「情シスに聞いても、これはわからないだろうな」


 手、腕、肩、とどんどん吸い込まれていき、ついには顔と画面がぶつかりそうになる。

 が、実際にはぶつからない。

 そのまま吸い込まれていく。

 そこは、ブルースクリーンがそのまま広がったような、空にも海にも似た一面の青が広がっている。


 いったい、何が起きているというんだ。


 まだチームビルディングもしてないのに!

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