Shining silver snow*②

 わたしは両目にいっぱい涙を溜める。


 林崎りんざきくん…。

 こんなわたしのこと、ずっと想っていてくれてたんだ…。

 胸が痛い……。

 苦しい……。


 林崎りんざきくんは、わたしの両手の平に自分の両手の平を重ねて飴を隠す。

 そしてじっと見つめてきた。


「嫌なら振り払って」


「え…」


 お母さんの手、


 元カノのめいちゃんの手、


 ぎゅっと掴めなかった林崎りんざきくん。


 それなのに、わたしを想って振り払われようとしてる。


「っ…」


 林崎りんざきくんは、はぁ、と息を吐く。

「――出来ないか」

「ごめん、意地悪だったね」


 わたしは首を横に振る。


 言わなきゃ……。


 林崎りんざきくんの為に……。

 自分の為に……。


 お互いが、前に進み、幸せになる為に……。


 わたしの全身が震える。


林崎りんざきくんっ……」

「あり……がとう……」


「わたしの事……、好きだって……言ってくれて……ありがとう……」


「だけどごめんなさい」


 それを聞いた林崎りんざきくんは自ら手の平を離し、

 左手で自分の顔を隠す。


「俺……、雪羽ゆきはちゃんのこと」

「本気で好きになって……良かった……」


 大粒の涙がわたしの頬から滑り落ちていく。


 林崎りんざきくん…。


 林崎りんざきくんは左手を下ろし、わたしを見る。

「…保健室、連れて行くよ」


 わたしは眉を下げて笑う。

「大丈夫、教室に戻ってわたしは家に一人で帰ります」


「一人で? ぎんに誘われてなかった?」


「…………」

 わたしは黙る。


ぎんと話さなくていいの?」


「…わたし、“一人で生きて行く”って決めたので」


 林崎りんざきくんが真剣な表情で見つめる。

「飴をあげたのは俺だった」

「でも『体調悪そうだから』って」

「飴をあげるように言ったのは“ぎん”だったって言っても?」


 わたしは驚く。

「え…」


「席が離れた。だから諦める」

「本当にそれでいいの? 雪羽ゆきはちゃん」


 揺らぎたくないのに。

 ねぇ林崎りんざきくん、

 どうしてそんなこと聞くの?


 パタパタッと駆けてくる音が聞こえた。


 え、姫乃ひめのちゃんと春花はるかちゃん?


「教室に戻って来ないと思ったらやっぱり!」

雪羽ゆきは、大丈夫?」


 姫乃ひめのちゃんに心配されてしまった。


「うん、大丈…」


「嘘つき」

 春花はるかちゃんが強くそう言った。


雪羽ゆきはちゃん、相可おおかくんの隣の席じゃなくなってから元気ないよね」

「マラソンでの勢いはどうしたの!?」

「私と姫乃ひめのちゃんが隣の席だから遠慮してるの!?」


 わたしは首を横に振る。

「違う」


「何が違うの!?」


 両手の平にある飴をぎゅっと握り締める。

「わたし決めてたの」

「隣の席じゃなくなるまで相可おおかくんのこと好きでいようって」


「何? その期間限定的な恋設定」

「隣の席じゃなくなったから諦めるの?」

「諦められるの?」


「っ…」


「席が隣じゃなくなったって関係ないよ」

「だって雪羽ゆきはちゃん、もうとっくに相可おおかくんの隣歩いてるから」


 わたしは驚く。

「え? わたしが?」


「うん」


春花はるかの言う通りだよ」

 姫乃ひめのちゃんはそう言って自分の胸に手を当てると切ない顔をする。


「私はぎんに告白して」


中2あのころは好きだった」

「でもキス出来なかった」

「今も出来ない。それが俺の気持ちだ」


「って振られた。だから…」


 姫乃ひめのちゃんは、ひまわりみたいな明るい笑顔を浮かべた。

雪羽ゆきはも正々堂々胸張って気持ち伝えていいんだよ」


 あぁ、今、分かった。


 林崎りんざきくんも


 春花はるかちゃんも


 姫乃ひめのちゃんも


 わたしの幸せの為に言ってくれてるんだって。


「一人になるのはぎんの話聞いてからでも遅くないと思うけど」

雪羽ゆきはちゃん、どうする?」

 林崎りんざきくんが優しく尋ねてきた。


 わたしは涙を指で拭う。


りんくん、春花はるかちゃん、姫乃ひめのちゃん、ありがとう」

「みんなと出会えて良かった」


「もう手遅れかもしれないけど」

「わたし、相可おおかくんの話聞いて想い伝えます」


「よし、じゃあ雪羽ゆきは、教室戻ろ」

 姫乃ひめのちゃんはそう言うと、わたしの手をぎゅっと掴んで立ち上がらせてくれた。


 姫乃ひめのちゃんに体を支えられながら歩き出す。



林崎りんざきくんってバカなんだね」

 春花はるかがさらりと言う。


「キミこそ雪羽ゆきはちゃんのこと励ますなんて」


「一応聞いとく」

「なんで応援なんかしたの?」

 春花はるかが尋ねると、


 りんは静かに両目を閉じる。

「好きな人にはちゃんと幸せになってもらいたいから」



「――では、また3学期な」

 帰りのSTショートタイムが終わると、池田先生はそう言った。


「よっしゃ! 今日から冬休みだ~」


 男の子達、


「ねぇねぇ、どこで遊ぶ!?」


 女の子達がそれぞれ盛り上がる。


 池田先生は教壇から降り、教室から出て行く。


「ゆりりん、カフェ行かない?」


「行く」


 あずさちゃんとゆりちゃんは一緒に教室から出て行った。


雪羽ゆきは、冬休み遊ぼうね」

 姫乃ひめのちゃんがそう言うと、


「うん」

 わたしは短く答えた。


 林崎りんざきくんはチラッとわたしのことを見る。

「…姫乃ひめの、行こ」


「あっ、待って。春花はるかも」


「…うん」

 春花はるかちゃんが短く答えると、姫乃ひめのちゃんは春花はるかちゃんと先に教室から出て行く。


 扉前で林崎りんざきくんと相可おおかくんの目が合う。


 林崎りんざきくんは相可おおかくんの肩をぽんっと叩いて出て行った。

 すると相可おおかくんも立ち上がり、鞄を置いたまま教室から出て行く。


 …え?

 相可おおかくん、出て行っちゃった?

 でも鞄あるから待ってれば大丈夫だよね…。


 残りの生徒達も教室から出て行き、一人になった。

 わたしはふわふわの銀色チェックの膝かけをかけ、机に顔を伏せて静かに泣く。


 …教室に戻ったら相可おおかくんの話聞かずに帰るって思ってたくせに、

 今、相可おおかくんが戻って来なかったらどうしようって焦ってる。


 カチ、カチ、カチ…。

 教室の丸い時計の秒針が鳴り響く。


 どのくらい時間が経ったのか分からない。


 パタパタ。

 近づいてくる足音が聞こえた。


 ドキンドキン、とわたしの心臓が高鳴る。


 ――――ガラッ。

 教室の扉が開いた。

 わたしの体がびくつく。


 扉を閉める音が聞こえ、

 足音がわたしの前で止まった。


「大丈夫か? 黒図くろず


 わたしは顔を上げると相可おおかくんが机にホットココアを置く。


「これ…」


「今朝から体調悪そうだったから買ってきた」


 わたしの両目が涙目になる。


 わたしのこと、見ててくれてたんだ…。


「それとこれも」

 相可おおかくんはズボンのポケットから飴を取り出してココアの隣にコロンと置く。


「銀のミルク飴…?」


「これ、俺の飴」


「え?」


「飴を渡したのは俺じゃないって言ったけど」

「入学式の時」

「俺が持ってきた飴をりん黒図くろずに手渡した。これが真相」


 そうだったんだ…。


 相可おおかくんは真っ直ぐ窓を見る。

「……雪、綺麗だな」


「うん…」


 相可おおかくんが、じっとわたしを見つめてきた。

黒図くろず、聞いていいか?」


「うん…」


 何を聞かれるんだろう?


 ドクドクドクドクと、わたしの心臓が物凄い音を立てる。


黒図くろずは、このまま一人で生きて行くのか?」


 わたしは驚く。

「え…」


りんから聞いた」


「あ…」

 わたしは目を逸らす。


「……うん」


「…そうか」

「ならごめん」

「俺、その願い叶えてやれないわ」


 相可おおかくんの手が伸び、わたしの頬に触れる。


 え…唇が近づいてきて…。


 ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。


「…?」


 一体何が起こってるの?


 頭の中はパニック状態で何も考えられない。


 相可おおかくんはゆっくりと唇を離す。


 聞きたいのに言葉が出てこない。


「なんで今、俺がキスしたのか分かるか?」


 窓の外で、ふわふわの雪が降る。


黒図くろずのことが好きだからだよ」


 …あれ?

 これ、夢の中?

 だって、相可おおかくんが、わたしのことを好きだなんて言うはずないもん。


 わたしは驚いて椅子からずり落ちる。


「おい、黒図くろず!」

「大丈…」

 相可おおかくんはそう言いかけ、ハッとする。


 気がつくと、頬にぽろぽろと暖かな涙がこぼれ落ちていた。

 頬を伝う涙は勢いを増して、次々と流れていく。


 涙が…止まらない。


 相可おおかくんは優しく涙を指で拭う。

 わたしの顔が熱くなった。


 ちゃんと感触がある…。


 夢…じゃない?


 え…え…。

 相可おおかくんが、わたしのことを――――?


 どうしよう…。

 何か言いたいのに言葉が出てこない。


「…やっぱ、だめか」


 え…。


「俺、諦めるわ」


 待って。

 違うのに。


 体の奥から震えが込み上げてきた。

 膝かけをぎゅっと抱き締める。


 隣の席じゃなくなった。

 諦めて一人で生きて行こうって思った。

 だけど…。


 抑えようもなく、あとからあとから涙が零れ落ちる。


 やっぱり諦めたくないよ――――。


相可おおかくん、好きです」


 相可おおかくんは、わたしをぎゅっと抱き締めた。


「…あー、なんだ」

「良かった。ほっとしたわ」


「夢じゃない?」

 わたしは泣きながら尋ねる。


「うん」


「ほんとに?」


 雪は降り積もっていく。


「隣の席になって22日間」

「少しずつ好きになっていった」

「隣の席じゃなくなったけど」

「彼女として俺の隣にいて欲しい」


「うん…相可おおかくん…ほんとうに好きです」


「クリスマスイヴだし、もっかいする?」


「うん」

 わたしは短く答える。


 相可おおかくんはわたしを離す。

 わたし達は立ち上がり、カーテンに隠れる。

 カーテンがまるで羽みたいだ。


 相可おおかくんの雪色のブレザーがパサッと落ちる。

 黒のパーカーを脱ぎ、わたしの背中にふわりとかけてくれた。

 頭を撫でてパーカーのフードを被せる。


 ふわっ…。

 窓枠に座らされ、相可おおかくんが、わたしの両足の間に立つ。


 愛おしい目で見つめられ、わたしがぎゅっと両瞼を瞑ると、


「んっ……」


 相可おおかくんは唇を奪う。


 そして唇を離すと、うなじに甘いキスを落とす。


「ぁっ…」


 わたし達は見つめ合う。

 ふわっと、唇と唇が重なった。


黒図くろず、口開けろ」


「ぁっ…」


 深くて甘すぎて…頭が真っ白になる。


ぎんって呼んで?」


ぎんく…」

 わたしはぎゅっとぎんくんのシャツの袖を掴む。


 ぎんくんは色っぽい表情をする。

「何? 雪羽ゆきは


「だい…すき…」

 顔を熱くしたわたしはとても小さな声でそう呟く。


 ぎんくんは耳元で甘く囁いた。

「…俺も大好きだよ」


「んっ……」


 とろけるような甘いキスが何度も降りてきて、その度に暖かな涙が零れる。 


 わたし達は、まるで雪のように、溶け合っていく。


 空からしんしんと、白く輝きながら舞い降りてくる雪。

 雪は止みそうにない。


ぎんくん、これからもわたしの隣でぎゅっとして」


「あぁ、するよ。何度でも」


 ぎんくんに、ぎゅっと抱き締められる。

 背中が熱い。わたしの背中に羽が生えたみたい。


 わたしは、めげずに前を向いてこれからもずっと、

 ぎんくんの『隣』を一緒に歩いていく。


 今日、ぎんくんの彼女になりました。

 ずっと隣にいます。

 もう離れません。


 Shining silver snow❅໒꒱

 fin.

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今日も隣の席でぎゅっとして。 ❄ 空野瑠理子 @sorano_ruriko

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