今は昔、無我夢中で夜盗を斬る話
今宵は半月だ。
左半分が欠けている。
といっても、ひと月にいっぺん、めぐってくる。
ひだり、ひだり、と単なる語呂合わせにすぎない。
則光が、勝手にそう考えているだけだ。
宮内勤めの
庭をとりかこむ廊下に
水干ごしに、ひじをひざにつき、あごを支える。
燈明の灯りが、廊下の端と端にゆらめく。
内裏の詰め所わきの庭を、半月が照らす。
「今宵は、役目もなし」
月から視線をそらし、うしろの部屋をみる。
「なにもなし」
「もう、お眠りでしゅか? 則光さま」
たけ丸が、部屋の奥から、ちょこちょこと出てくる。
くくり袴や
「いや」
「帝さまよりも、早く、おやしゅみになっては、秘書が務まりませんよー」
「こんなに早く寝るものか」
「いつものように剣のお
則光は、たけ丸に横目をむける。
庭におりる気分でもない。
「ふむ。出かけるか?」
天井に視線をむける。
女のところにでも行って、汚れを落としてくるか。
半月は、汚れでも、
そもそも、女が汚れを落とすもなにもない。
則光のかってな解釈である。
女のところに行きたいだけか。
床に目を落とし、ふーっと息を吐く。
「歩いてくるぞ」
「あい」
/**********/
則光は、たけ丸を従えて、内裏から通りに出る。
わきに
半月に雲がかかる。
暗くなる。
則光は、まゆをしかめる。
一条天皇の屋敷である。
この夜半に、大垣のまわりに、三人が話し込んでいる。
則光とたけ丸は、三人を避けて、通りの遠くを歩く。
「たけ丸」
「あい」
「タチのよくないのがいる」
「あの人たちでしゅか?」
たけ丸は目をまんまるにする。
ぶるぶる、ふるえる。
「見るな」
たけ丸は、こくりとうなずく。
「もし、ついてきたら、真っ直ぐ走れ」
「あ、あい」
ふたりは、男たちから離れて、通り過ぎる。
「とまれ」
たけ丸が、とびあがる。
「ここには、
則光は、軽く舌打ちする。
「貴様! 挨拶もなしに、無礼な!」
「行け」
たけ丸は、くくり袴をひるがえして、脱兎のごとく走り出した。
則光は、たけ丸を追いこさぬよう、そのうしろを駆ける。
横目にふりむき、背後をうかがう。
男がひとり、追いかけてくる。
則光は、ばっと通りの地面に身を投げた。
伏せる。
低い位置から、肩越しに視線をむける。
月にかかる雲が流れる。
明るくなる。
半月が、ギラリと、男の
「ふむ」
弓矢は持っていない。
不安のひとつは、去った。
呼吸がととのう。
うしろの男が、大上段に刀をふりあげる。
地面にうつぶせに伏せる則光に斬り下ろした。
則光は、がばと、わきに飛びのいた。
光のすじが横なぎに流れた。
男は、地面を斬って、絶命する。
血しぶきをあびる。
月明かりが、男の絶命する顔を、則光のすぐ近くに浮かび上がらせる。
舌打ちする。
「そんな面構えのヤツが、宮中にいるものか」
大陸系の顔立ちだ。
平べったい。
つり目がヒラメのように離れる。
えらが張る。
鼻が潰れている。
どう、と男がたおれる。
「こんなのが廊下を歩いておったら、女官どもが卒倒してしまうわ」
ただでさえ、最近は、変な物語ものに夢中になっている女たちである。
「走れ」
則光は、たけ丸にふりむく。
「おい。どうした?」
背中のほうから、声がする。
則光は、息をととのえる。
仲間が、走ってくる。
手にするエモノは、やはり
「貴様! やってくれたな!」
男が、剣をふりかぶる。
瞬間、則光は、低くその場にしゃがみ込む。
胸を狙った横向きの太刀筋に、迷いがまじって、斜めの太刀筋に変わる。
則光は、下から横なでに腹を切り裂く。
太刀筋が、月明かりを反射する。
血のすじが弧を描く。
男は、身体をねじりながら、地面に叩きつけられる。
則光は、血しぶきでびしょ濡れだ。
「てめぇ!」
すぐに三人目が迫ってくる。
避けようがない。
低い姿勢の則光に、男は、走りながら大上段に振りかぶる。
則光は、相手に深く一歩、右脚をふみこむ。
右腕をまっすぐ相手ののどにのばす。
男は、自分から則光の剣に、走り、刺さって、よろけて転んだ。
則光は、すっくと立ちあがり、相手を見下ろす。
ごぶごぶと、血泡を吹いている。
まだ右手に剣をにぎりしめている。
則光は、表情をしかめて、剣をふるう。
地面の男の右腕が、肩口から斬り落とされた。
則光は、まだ仲間がいるか、と刀を手に、半月の照らされるままに立つ。
だれもいない。
もう月だけのようだ。
「やれやれ」
則光は、自分の身なりを見下ろす。
おしろい粉の匂いにまみれるはずが、
不吉である。
数瞬のうちのできごとであった。
たけ丸が、ちょこちょこと戻ってくる。
「則光さま~」
「うむ。無事だったか」
「則光さまが、死にました~」
たけ丸は、べそ泣きする。
「死んでおらん」
月明かりで、黒く、てらてら、光る。
「返り血だ」
「よかったでしゅ~」
たけ丸は、手をひろげて、しがみつこうとしてくる。
童のほうも、涙と鼻水で、べしょべしょだ。
「強いでしゅ~」
「これこれ」
うしろに下がる。
「いいか?」
則光は、声を低めて、言いふくめる。
「戻って、着替えをとってこい」
たけ丸は、こくこくと何度もうなずく。
「だれにも言うなよ」
こくこく。
「もう、賊はおらん。泣くでない」
「あい」
ぐずぐずと顔を水干の袖でぬぐう。
「よし、行け」
たけ丸は、暗闇を屋敷にちょこまかと走っていった。
/**********/
翌日、表の通りはさわぎになっていた。
一条天皇の屋敷の前の通りに、死体が、みっつ、転がっているのだからしかたあるまい。
則光は、まゆをしかめる。
いやいや、自分は関係ない。
ばれていない。
たけ丸が、こっちに来たので、釘をさす。
「言うなよ」
「なんででございましゅ?」
「なんでもだ」
内裏の警備詰め所に陣取っていると、同僚たちの話が聞こえる。
表のやじうまは、さらに集まってきているらしい。
ついには、牛車をくりだして、ホンモノの公達たちも見物にやってくる。
則光は、気が気でない。
斬ったのは何者か?
まさか、帝の前に出る者を斬ってしまったのでは、と、こころここにあらずである。
京の都には、いろんなのがうろついている。
「この前の白と黒の人たちを、また見ましたよ?」
「ああ、あれか」
則光は、たけ丸に視線をもどす。
「遠い西国からの客人だそうだ」
「ヘンな格好でしゅ」
「ふむ。あの黒装束のとんがり帽子だとかな(*)」
「白い布をグルグル巻きの人もいましたよ(**)」
「あれじゃ、帝の前に出して、いいものか、わるいものか、見当がつかんな」
(*)ユダヤ教徒。
(**)イスラム教徒。
「やれやれ」
則光は、ひと言、ことわって、警備詰め所をはなれる。
たけ丸をつれて表通りに出る。
昨晩と同じ場所に、三人が転がっている。
やじうまは、三人をとりかこんで、どよめいている。
町の者や内裏の者たちも見物に来ている。
牛車まで、数台、出てきている。
「いったい何事であった?」
面白いことがあると、どこにでも出向いてくる。
則光は、
「やれやれ」
これでは、公達もただのやじうまだ。
こんなのが、女房たちに慕われているのだから、しょうもない。
牛車の前の男は、みすぼらしいボロ布を巻いている。
あごが、へん曲がっている。
鼻はつぶれている。
目は、かゆみでゴシゴシしたのか、白目が真っ赤だ。
腰には、すり切れた縄を巻き、刀をさしている。
柄はボロボロだ。
どこぞの道端の死体から、抜いてきたのだろう。
手振り身振りで、昨晩の大立ち回りを再現している。
曰く、三人は、
曰く、三人は、自分をつけ狙っていた。
曰く、三人は、昨晩、自分を見つけてしまった。
ほうびでももらえると思っているのか、動くこと動くこと、キチガイのようである。
サルが、ボロボロの草鞋をはいて、ぴょんぴょん、動きまわる。
則光とたけ丸は、やじうまにまぎれる。
則光は、これならバレることはないと、ほくそえんだ。
たけ丸が、まゆをさげて、口をへの字に曲げる。
「則光さまがやっつけたのではありましぇんか~?」
「これこれ」
則光は、童をやじうまのうしろに持っていく。
「人がサルを斬るより、サルが人を斬ったほうが、おもしろかろう?」
たけ丸は、目を見ひらく。
「
みすぼらしい男は、腕をふり、足をふみ、たいそうな
牛車の公達は、ほうほうと、うなずく。
たけ丸も、これが
今昔物語 海月くらげ @jellyfish_pow_2
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