晩夏

さすふぉー

晩夏

 今年の夏は暑かった。

 溶けるような暑さが俺達を襲ったあの日々を思い出すと頭が痛くなる。しかし、そんな夏ももう終わりだ。

 今日は8月31日――全国の学生たちが涙を流す日 であり、夏を代表する一大イベント、花火大会の日でもある。

 会場には屋台が立ち並び、花火は一つも上がっていないのに既に盛り上がりを見せている。

 俺もTシャツに短パンという、風情もクソもないラフの極致のような格好で参戦している。


「おいっす〜」


 肩を叩かれて後ろを向くと、そこには小学校からの大親友である空透そらすきとおるが立っていた。こいつは名前の通り爽やか系で、サッカー部と軽音楽部を掛け持ちしているイケメン。当然彼女持ちだ。


「通か、お前彼女と一緒じゃないのか?」

「別れた。だから今回は現地調達」

「きっしょお前」


 イケメンなのはいいが、通はとにかく女関係がだらしない。彼女とは1カ月持てば良い方だ。


「まぁ良いじゃないかブラザー。一緒に屋台回ろうぜ。腹減ってるんだ」

「野郎じゃなくて女子が良かった……」

「でも君彼女どころか女友達もいないじゃないか。僕で我慢しな」


 俺達は雑踏の中に入っていった。あまりの熱気に俺達も汗が滲む。周りを見渡すとりんご飴、かき氷、焼きそば、焼き鳥、たこ焼きなどド定番の屋台が人を絶やさず行列を作っている。宵の空にはまだ淡い群青が残り、そこに屋台の光が滲んでいた。


「まず何食うよ」

「女食いたい」

「焼きそばだな俺もその気分だったんだ」


 いきなり下のネタをぶっ込んでくる通を無視して焼きそばの列に並んだ。


(300円か。祭りでこれは安いな)


 鉄板の音とソースの匂いが空腹を刺激する。

 前のカップルが「はい、あ〜ん♡」とかイチャコラしているのを見て、通が小声でぼそっと呟いた。


「死ねバカップル」

「お口が悪いぞ」



 焼きそばの列は思ったよりスムーズに進み、数分後にはトレーから溢れんばかりのアツアツの焼きそばを手に入れた。ソースの香りが食欲をそそる。

 まずは一口、麺をすする。濃いソースの味が口全体に広がり、思わず声が漏れる。


「うまっ」


 通も笑って頷いた。


「こういうので良いんだよ。こういうので」


 通も焼きそばを頬張る。

 しばらく食べ進めていると、後ろから肩を叩かれた。ふと振り返るとそこには、黒髪ロングの絵に描いたような美少女幼馴染で今でも続いている初恋の人――西条さいじょう有紗ありさがいた。


「なーんで私を誘わなかったのかな?」


 その言葉には若干の笑みが混ざっていたような気もするが、目は一切笑っていなかった。

 俺は条件反射で焼きそばを喉に詰まらせかけてむせる。


「んぐっ、げほっ……っ、有紗!? いや、これには理由があってね?」


 そう言いかけた俺の前に、有紗がスッと手を差し出して制してきた。


「言い訳して、良いわけ?」

「おもんな」

「お黙り」


 有紗の鋭い視線に、俺は冷や汗をかきながらも必死に笑ってごまかそうとする。


「いやほんと、たまたま通と遭遇してさ? 急に誘われたっていうか……」


 ここは一旦、通にパスを出して――


「なぁ、通?」


 振り返った俺の視線の先に、さっきまでいたはずの通の姿はなかった。


「……ふぁ?」


 辺りを見渡す。しかし屋台の列、人混み、どこにもそれらしい姿は無かった。さっきまで隣で麺を啜っていた親友は煙のように消えていた。


「気遣いができる良いお友達ね」

「で、でも本当にそういう理由わけなんだよ。だから――」


 言い終える前に、有紗が口を開いた。


「言い訳は聞きたくないわ。それより……この後、どうするつもり?」

「え」


 思わず声が漏れる。

 この後の事なんて全く考えていなかった。金欠だから最初から祭りは早期退場するつもりだったし、本当に無計画だ。


「いや……このまま帰ろうかなーって。金欠だし」


 それを聞いて有紗は目を細めた。何か言いたげな表情で俺を見つめている。


「……なんだよ」

「いやぁ? あんたはこのまま数億年に一人の美少女幼馴染を置き去りにして家に帰るのかなーって」


 「言いたい事、わかるわよね?」と、目で語りかけている気がする。いや、これは確実にそういう目だ。

 俺も、ここまで言われて「知らん、帰る」なんて言うほどヘタレではない。通には及ばないが、俺もちゃんと男だ。


「わかったよ。一緒に回ろう」

「なんか言わされてる感強くない? その言い方どうなの?」


 (言わされてんだよなぁ……)と思いつつも、確かに俺の言い方も悪いと反省する。

 では、どうすれば有紗も納得できるのか。答えは簡単だ。


「一緒に回らないか、有紗。金欠だから奢れないけど」


 俺の言葉に有紗は口元を緩めた。それと暑さのせいか、少し耳も赤くなっている。


「しゃーない。あんたがそこまで言うなら? 付き合ってあげてもいいわよ?」


 自分から言わせておいて、有紗は目に見えて照れている。指で毛先をクルクル巻いて、視線が定まっていない。この女、チョロい。


「ま、まあ良いわ。エスコート、お願いしてもいいかしら?」

「任せとけよ」


 手を差し出すと、有紗はその手を握る。細くて小さい手には、確かに温もりが宿っている。

 隣には、面倒くさくて、口が悪くて、強がりで、不器用で――それでも大切な幼馴染の笑顔が咲いている。


「じゃ、お願い」


――八月三十一日。夏の終わり。


 だけど、なんだか心の中は、ほんの少しだけ、春の訪れみたいにあたたかかった。


 来年も、この手が隣にありますように。

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晩夏 さすふぉー @trombone1123

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