宇宙スナメリ戦記
絶飩XAYZ
宇宙スナメリ戦記
会議室は薄暗く、スクリーンの前で座っている皆は眉をひそめて神妙な表情をしている。窓と扉は全て締め切っており、天井から流れる冷たい風が彼らの身体を冷やしていた。
彼らは日本の国会議員や官僚達であり、スクリーンに映っている『もの』の話を聞いている。それは海豚や鯨のような哺乳類の姿をしており、『宇宙スナメリ』と名乗っていた。
スナメリという水棲哺乳類は主に中東やアジアの海に住んでいる生物であり、地球に居る生物である。しかし、彼? は遥か遠い宇宙から『泳いで』来たと語った。
だから、水棲哺乳類のスナメリに対して私は星の海に住む宇宙スナメリだと言う。また、宇宙スナメリはひし形の目をしており、瞳はルビーのように赤く輝いていた。
彼は椅子へ座っており、ヒレを使ってパソコンを操作して、何かを説明している。
「説明は以上です、ご清聴ありがとうございました。質疑応答に移りたいと思います」
宇宙スナメリは見た目に反して、低い男性の声をしており、柔らかい物腰で言った。その一方で、皆が一斉に捲し立てて叫ぶがスクリーンに映る彼は平然としている。
しかし、叫び声はすぐに怒鳴り声へと変わる。眉を先程よりもしかめる者が居たり、強く歯を食いしばる者も居たりと不信感や怒りを露わにしているのが見てとれた。
「皆様、静かに! どうか落ち着いてくださいませ、質問は挙手でよろしくお願いします!」
彼らの罵声をかき消すように周りのスピーカーから女性の大きな声が会議室中に響き渡る。皆から見てスクリーンの左側に置かれた演台の女性からであった。
彼女は
彼女は癖のある長い黒髪を一つに束ねて、黒の眼鏡をかけている。黒いスーツを着て、四十デニールの黒タイツを穿いており、パンプスも黒と全身黒の出で立ちをしていた。
白い肌と青く大きな瞳と小さな鼻、目の下には隈が出来ており、丸い輪郭をした顔にはそばかすが出来ている。背は一四五センチと低く、踏み台を使って演台に立っていた。
だが、危機を前にしていることと冷静さを失いつつある大勢を前にしているのに顔色一つ変えていない。むしろ、青く輝く大きな瞳を更に輝かせて皆を見据えていた。
「彼は我々の味方であることを再度申し上げます。挙手にてよろしくお願いいたします」
彼女は力強い言葉を口にするが眉一つ動かさず、ジッと皆を見ている。彼らはそんな幼い外見をした彼女から発する言葉と凛とした態度を前に口を閉じ、右手を挙げ始めた。
明日香は眼鏡の奥の瞳をせわしなく動かす。目に止まったのは日本の総理大臣だった。
青年が総理へマイクを渡す。総理はスイッチが入っていることを確認して口を開いた。
「長時間お疲れ様でした。エリス付近に出現した『
その言葉を聞いてまたざわめきだす。中にはマイクを取り上げようとする者が現れたため、総理の言葉に賛同する者と反対する者でもみ合いが始まってしまった。
しかし、周囲には目もくれず、総理は表情を変えない。スクリーンに映る宇宙スナメリへ向かって話す。宇宙スナメリも黙って、彼に耳を傾けているようで赤い目を細めていた。
「また、この国の総理大臣として申し上げることは三点。一つ目は日本の国民と国土はもちろん、この世界に対して安心・安全の保障の約束。二つ目はこの危機を脱した後の要求及び補償等は日本だけでなく、世界を含めたものであったとしても武力やその他威圧的な行動、態度や拒否はお互いしないこととしたい。そして、三つ目はこの作戦に携わる者の安心・安全を確保したものにしていただきたい、この三点でありますが可能でしょうか?」
総理がマイクのスイッチを切ると、今度はスクリーンの宇宙スナメリが口を開いた。
「一つ目と三つ目については考えています。『線輪の揺り篭』から現れた『墓蠕虫』達は『八岐大蛇』を食い漁り、『無限』の力をつけているので容易ではないです」
宇宙スナメリはスクリーンに銀色に輝くコイルの形をしたものを映す。これが『線輪の揺り篭』であり、別の宇宙とこの宇宙を繋げているワームホールの役割をしていた。
コイルの間から頭が八つで尻尾が二つに分かれた傷だらけの白い蛇が巻き付いている。蛇の手前にある小さな石に見えるものが準惑星エリスとその衛星のディスノミアだった。
この蛇が『八岐大蛇』であり、血と肉を摂取することで何かしらの力を得ることようである。しかし、『線輪の揺り篭』から現れた理由や目的は分かっていない。
さて、『八岐大蛇』の傷口や血の周辺に注目すると蛆虫や芋虫のようなものが蠢いており、中には蛹や繭のようなものも出来ている。これらが『墓蠕虫』と呼ばれる生物であった。
「『墓蠕虫』は『八岐大蛇』の力を摂取して成長します、地球にもその力が宿っているため、成虫になればここに来ます。成虫へと変態を完了するには後一年はかかるでしょう。私は『八岐大蛇』を『線輪の揺り篭』の向こう側へ押しやり、『墓蠕虫』も私がどうにかします」
宇宙スナメリが説明を終えると何かの天ぷらに串を刺した物を食べ始める。食べ終えると次は二ℓのペットボトルに入った水をラッパ飲み、半分飲んだところで話し始めた。
「さて、その具体的な案ですが皆さんは覚えていますか? 何を使うのでしたっけ?」
宇宙スナメリの問いに皆は一斉に『一兆度の火球』と答える。それを聞いて宇宙スナメリはニヤリと笑うと上機嫌な様子で画面へ、皆へ向かって前のめりになって口を開いた。
「では一週後に来てください、私が本物の『無限』というものをお見せしますよ」
そう言うとスクリーンは『NO SIGNAL』と表示される。会議室はまた騒然となったが当の本人がいないのでは仕方ないと明日香とマイクを持っていた青年の方を見た。
「司会の明日香・ディクソン氏とアシストの青年はどこだ⁉︎」
しかし、二人はそれを察していつの間にかいなくなっている。宇宙スナメリと司会はなんなんだと呆れてしまったが、いなくなったのでは仕方ない。
それから一週間経つと宇宙スナメリは宇宙ステーションの前で皆を集める。彼の腰? には十個のシャープペンシルを大きくしたようなものを巻き付けていた。
「それが君の言っていた一兆度の火球……というものかね?」
総理大臣が指を差して言う。すると、宇宙スナメリは満面の笑みで頷いた。
「はい! 明日香君と私があれから帰ってすぐに取り掛かり、一週間で作りました!」
「その……君の彼女……いや、明日香君……だったか? 彼女は見当たらないようだが? どこかね?」
総理だけでなく、皆が明日香を探すが確かにいない。
「彼女は寝ています!」
すると、周りは少しニヤニヤし始める。
「それは……つまり……」
誰かが尋ねようとすると宇宙スナメリは右ヒレを左右に強く振り始めた。
「あ、いやいやいやいや、彼女ってガールフレンドではなく、第三者としてのって意味ですよ?」
彼は顔を赤くして否定するが誰も信用していないようでクスクス笑っている。
「ま、まぁ、それよりも! 本物の『無限』をお見せしましょう! いや、正確にはここでは見せることは出来ません。ですが、観測することは出来ます!」
それを聞いてまた皆は周りの者と話し始める。
「『線輪の揺り篭』を使って、爆弾を向こう側で爆発させます。すると、『八岐大蛇』と『墓蠕虫』は向こうへ吸い込ませます」
宇宙スナメリは質問するとまた無限に話そうな勢いである。顔を赤くしたら、満面の笑みを浮かべたりと表情豊かで早口多弁だった。
「……君と話していると頭が痛い、だが、健闘を祈ります」
「はい! ご協力ありがとうございました! それでは皆様、行ってまいります!」
彼は右ヒレを額? につけて言うとゆっくり宙に浮いて、スーッと空へ上がっていく。すると、彼の元へ一機のヘリコプターが来た。
操縦しているのは明日香で彼女は目をしばしばさせながら、ドアを開ける。彼が彼が機内に入ったことを確認してから明日香はドアを閉じた。
機内は様々な匂いがしており、おにぎりを包んでいたフィルムやエナジードリンクの容器、おしぼりやボディーシート等が入ったポリ袋が散乱している。彼女は髪を一つにしておらず、腰まで垂らしていた。
「あれ、疲れたから家で寝ていたんじゃ? よくヘリコプターなんて使えたね」
それを聞いて明日香は顔を赤くして、座席を指差す。茶色のヘアゴムだった。
「それよりも、その……お……いや、お守り代わりに持って行って……ください……」
彼女は操縦桿を握り直して、前を向く。彼がヘアゴムを持つと明日香の髪を束ね始めた。
「これは前から思っていたんですけど、そういうことばかりが結構器用ですね」
「あ~だって、前いた彼女によくしてあげていたからね~そりゃあ、上手くなるよ~」
「また、あなたはそうやって前の彼女さんの話ばっかりするん……ですね……」
「いや、だって事実なんだもん、仕方ないじゃんか~」
「でも……お……いや、私どころかヘアゴムすら持っていかないん……ですね……」
「頭も舌も回ってないよ、君の話し方はそうじゃないでしょ」
「ていうか一週間まともに寝る暇も休む暇もなかったんです、なのに無茶なことばかり」
「まぁ、それは君に無茶なことをさせた俺のせいなんだけど~」
「それです! 体中痛いです! 腰や背中なんかバッキバキですよ! 内腿も……」
「さぁ、これで出来た出来た! 安心して寝ておいで~じゃあね~待ってるんだよ~」
それを聞いて明日香は顔を赤くして眉をハの字にしながら何か小さく言っている。宇宙スナメリが左ヒレでドアを開けて外に出るとゆっくりヘリコプターの前へ移動した。
ふと彼女が彼の左の尾ひれを見ると茶色のヘアゴムが見える。明日香はガラス越しで顔どころか耳まで赤くしてよく分からないことをわめいていた。
それを無視して宇宙スナメリはまた空へ上がり、雲を越える。成層圏の境目まで上がったところで彼の身体が薄緑色の光に包まれたと同時に音速を瞬く間に越えて宇宙へ飛んだ。
亜光速で加速し、月や火星をすぐに通り越す。地球時間にして十時間でエリスに着いた。
目の前の『線輪の揺り篭』の間から首や体が出ている『八岐大蛇』には『墓蠕虫』が這っている。苦手な者が見たら鳥肌では済まない程気持ちの悪い光景であった。
「黒が三……敵が七……ってところか、まぁ、早速、始めますか」
彼は爆弾を一つ、右ヒレで持つと纏っていた薄緑色の光が段々強くなっていく。その光が周囲を照らすように眩く輝くと宇宙スナメリは限界まで体を捩じり、捩じった体を力強く元に戻す勢いに任せて、爆弾を『線輪の揺り篭』の向こう側へ投げた。
投げる瞬間、光は爆弾へ移り、輝きながら『線輪の揺り篭』へ向かっていく。すると、近くの『墓蠕虫』が一斉に爆弾へ向かっていった。
しかし、何匹か張り付いただけで『線輪の揺り篭』の中へ入る。『八岐大蛇』から『墓蠕虫』が剥がれると『線輪の揺り篭』へ入って行った。
「10」
宇宙スナメリが呟くと『墓蠕虫』が彼目掛けて襲い掛かる。すると、宇宙スナメリの薄緑色の光が八角形の黄色の光へ変わった。
「9」
また、彼が呟く。『墓蠕虫』が八角形の光にぶつかると、ぐしゃっと壁へ強く激突したような放射線状に潰れていくだけであった。
「8」
宇宙スナメリは呟きながら『八岐大蛇』の首へ飛ぶ。左ヒレは光で見えなくなっており、それが首へ入ったと思えば、首が吹き飛んだ。
「7」
血を噴き出しながら、上下左右に振り回す首へ宇宙スナメリは右ヒレに持っていた爆弾をねじ入れて呟く。それを他の六つの首に行った。
「6」
彼がそう呟いた頃には首が一つになっていた『八岐大蛇』が最後の首を使って反撃に出る。口を大きく開くと喉の奥から青白く光り出した。
「5」
それを見た宇宙スナメリは八角形の光を解いて、薄緑色の光を全身に纏いながら数える。彼は両ヒレを広げて、『八岐大蛇』の攻撃を待っていた。
「4!」
叫ぶ宇宙スナメリに『墓蠕虫』達が飛ぶが彼へぶつかる前に体が破裂するだけで無意味である。しかし、それを煩わしいと思ったのか彼は眉をひそめて、光の範囲を広くした。
「3!」
宇宙スナメリが叫んだ頃には『八岐大蛇』の下顎が開く。青白い光が体を包んだと思えば、宇宙にいることを忘れてしまう程の凄まじい音と共に熱線が彼目掛けて発射された。
「2ぃ!」
宇宙スナメリは熱線を両ヒレの間で『掴む』と叫ぶ。それは徐々に消えていき、完全に消えたところで『八岐大蛇』が吼えた。
「1ぃ!」
今度は宇宙スナメリが吼えると薄緑色の光と青白い光を纏い、両ヒレを前へ力強く出す。両ヒレから太陽よりも大きな光が刃となって、『八岐大蛇』や『墓蠕虫』達が切り裂かれた。
「〇ぉ!」
彼の叫びと共に『線輪の揺り篭』が弾け飛ぶと散り散りになって消えていく。向こう側の爆弾が爆破されたのか筒状の穴が全てを引っ張った。
宇宙スナメリは穴の近くまで近づき、先程の八角形の黄色の光を出して、穴を塞ぐ。しかし、穴の力は強くもう一度爆弾を使って穴を壊すことが出来ないでいた。
もう彼はここまでかと諦めた表情で目を閉じた瞬間、左の尾ヒレが暖かい。見ると明日香のヘアゴムが輝いていた。
宇宙スナメリは尾ヒレの爆弾をヘアゴムに括り付けて穴へ投げる。なんと、薄緑色の光を纏ったヘアゴムが穴を見る見るうちに塞いだ。
爆弾は僅かに開いた穴に入る。入った瞬間、穴が閉じた。
宇宙スナメリが一方的にねじ伏せていただけとは言え、目まぐるしい攻防の後とは思えない程の静寂が辺りを包む。周りを確認するとエリスやその周りの星々は無事であった。
宇宙スナメリは亜光速に加速して、地球へ帰る。向かった先は皆が集まっている宇宙ステーションではなく、明日香の家だった。
鍵を開けるとしばらく掃除や換気等が出来ていなかったためか匂いが充満している。明日香の寝室を見ると一層強く香った。
彼女はヘリコプターに乗っていた時と同じ格好でベッドに突っ伏して寝ている。明日香の顔を見ようと左ヒレで触れようとしたら彼女が起き上がった。
明日香の目は赤く充血しており、目の周りには目ヤニや何かが乾いたような筋がある。頬や額も圧迫したためか赤かった。
「おかえり、どうですか? これで『満足』した?」
「した、最後まで最高! これが本当の『無限』やってこれからイキり散らしに行く」
「じゃあ、『俺』も一緒に行く」
「お互い風呂入ってからな。明日香君、入ってないだろ」
「『待ってて』ってそっちが言ったじゃん、好き放題やりたいだけのくせに」
明日香はヘアゴムを取ると「俺が取りたかったのに」と宇宙スナメリは呟いた。
宇宙スナメリ戦記 絶飩XAYZ @ZTON-XAYZ
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ゲーム雑記/涼格朱銀
★33 エッセイ・ノンフィクション 連載中 163話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます