最終話
あの一件から数日、僕はクラスの中で英雄になった。誰もが僕の「勇気ある行動」を称賛し、陽太は以前にも増して僕を頼るようになった。けれど、僕の心は晴れるどころか、薄い氷が張った湖面のように、静かに冷え切っていた。陽太の隣で笑いながら、僕はもう、何も感じなくなっていた。
その週の金曜日、陽太に「大事な話がある」と呼び出されたのは、近所の河原だった。赤とんぼが飛び交い、空は燃えるような茜色に染まっている。
「この間の、お礼がしたくてさ」
陽太は少し照れくさそうに、小さな紙袋を僕に差し出した。中には、手のひらに収まるほどの小さな箱が入っている。開けてみると、銀色のキーホルダーが二つ、並んで収まっていた。一つは精巧な作りの宇宙船、もう一つは角の尖った一番星の形をしていた。
「雑貨屋で見つけたんだ。俺たちみたいだなって思って」
「……みたいって、何が」
「俺が宇宙船で、和真が道を示す星な」
陽太は得意げに言った。
「和真は頭が良くて、俺が間違った方に行きそうになると、いつも正しい道を教えてくれるだろ? 司令塔みたいにさ。だから、俺たちずっと一緒だ」
その言葉は、純粋な感謝と信頼の響きを持っていた。だからこそ、それは僕の心を突き刺す、ガラスの刃になった。
道を示す星。
司令塔。
結局、お前にとって僕は、そういう存在でしかないのか。
お前という主役を輝かせるための、都合のいい脇役。お前が進むべき道を照らすだけの背景。
——ずっと一緒だ。
その言葉が、残酷な呪いのように聞こえた。お前の影を踏み続けるだけの未来。もう、うんざりだ。
「……いらないよ、そんなもの」
僕が発した声は、自分でも驚くほど静かで、冷たかった。
「え……和真……? どうして……」
陽太が戸惑った顔で僕を見る。僕は彼の目を真っ直ぐに見返した。星のキーホルダーが入ったままの箱を、彼の手の中に押し返す。
「お前には、俺の気持ちなんて永遠に分からないよ」
それが、僕が彼に伝えた最後の本心だった。
なぜ僕が怒っているのか、陽太には理解できないだろう。彼の純粋な世界では、僕の心の闇など、想像すらつかないのだから。
僕は陽太に背を向け、一人で歩き出した。背後で陽太が何かを言っている気がしたが、もう振り返らなかった。
夕日が沈みきって、世界から色が失われていく。陽太の手に残された宇宙船のキーホルダーと、僕のポケットの奥底にいつか仕舞われるであろう、ひび割れたレンズ。二つの宝物が、再び交わることはもうない。
長く伸びた僕だけの影が、まるで僕を嘲笑うかのように、静かに揺れていた。
カゲフミ 火之元 ノヒト @tata369
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