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明松 夏

「」

 さて、どんな話なのだろう。


 そんな期待を込めてやってきてくれただろうか。はたまた、ただ指が触れてしまっただけだろうか。


 もし前者であるならば、このページが作られた意義が少しでもあるってものだ。


 ところで君とわたしは今、画面という薄い板一枚を通じて向かい合っている。


 お互い顔なんて知らないし、声も聞いたことなどない。


 しかし、ここに手繰り寄せた奇妙な縁はあるに違いない。


 少なくとも、わたしはそうであってほしいと願う。



 ここまで読んで、少しスクロールする。


 おかしな始まり方の小説だと思った。しかし、題材がメタフィクションと書かれてあるのを見て、少しだけ納得する。


 文字数的にすぐに終わりそうな話だ。一旦終わりまで指をスライドさせ、やはり残りの文字数が僅かなことを知る。


 そして、読んでいた文章に戻る。


 そこでまた左から右へと綴られる文字を追っていく。画面から目を逸らし、パチパチと何度か瞬きをして、長時間酷使された目を労る。


 机に肘をつきながら、また少しスクロールする。



 外から聞こえる蝉の声。


 それに耳を澄ませながら、冷房の効いた涼しい部屋でベッドに寝転ぶ。


 白く淡いスマホの画面に照らされながら、明朝体の文字を追っていく。


 追いながら、学校から出された課題のことを思い出す。


 夏休みももう佳境にあるというのに、未だに少ししか手をつけていないワークやプリントは、初日からそこを動くことなく机上に散乱している。範囲さえあまり覚えていない。


 まあ、またあとでやればいいかと奥底の焦燥感には蓋をして、呑気にクーラーの風を浴びた。


 大きなあくびをこぼしながら、指を上へスライドさせる。



「お出口は左側です」


 気怠げな車内アナウンスが、ワイヤレスイヤホンから流れる音楽を貫通して耳に届く。


 画面からパッと顔を上げて現在地を確認すると、まだ目的の駅まで三つほど間があった。


 きっとそれまでには読み終わることだろう。


 ついでに腕時計をちらりと見る。どうやら待ち合わせの時間には余裕で間に合いそうだ。ほっと息をついて、心に安らぎを生む。


 静かな車内に揺られながら、ようやく視線を手元のスマホ画面へ落とす。一人分の余白を残して、右隣へ誰かが座る。


 もう何度目かわからないスクロールをする。



 まるでスロットのように、先ほどまで読んでいた文字は画面外へと消えていく。


 しょうゆの濃厚な匂いをまき散らすラーメンをズルズル啜りながら。店内に設置されたテレビから垂れ流される、昼のワイドショーを聞きながら。


 画面の小さな文字を、仕事で酷使された目を使って一生懸命追っていく。


 昼休み終了まであと二十分ほど。


 この量ならもう数分もすれば食べ切れる。


 それなら職場に戻る前に、コンビニに寄ってナッツ入りのチョコを買おうか。密かな楽しみに心を躍らせる。レンゲにしょうゆスープの溜まり場を作って、一気に飲み干す。


 湯気で少し曇った画面のおかげで、指の滑りがスムーズになった。



 画面の下方に広告らしきものが見えた。評価用のハートのマークと、吹き出しのマークも見える。


 どうやら物語は終盤にあるようだ。


 一文一文読んで、はたと気づく。


 次の一文が最後だ。


 ふう、と長い息をつきながら、一度強く目を瞑ってゆっくりと開ける。







 読み終えた余白をしばらく見つめ、電源を切る。


 クーラーの風が頬を撫でる。窓の外では蝉が鳴いている。遠くでは、電車がレールの上を走っている。昼に食べたしょうゆラーメンの味が、微かに蘇ってくる。


 スマホを眺める。真っ黒な画面には、わたしが映っている。

 








 





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