第9話:エピローグ バイバイ、私の未来

春祭りのくじ引き会場。

境内の桜は散り始め、花びらが風に乗って紙吹雪のように舞っていた。

どこか懐かしい太鼓の音と、焼きそばの香りが混じり合い、春のざわめきに包まれている。


「また来ちゃったね。あのときと同じ場所に」

真帆が笑って言った。


「リベンジしてみる?」


「……いいの?」


「さすがに、もうルンバは当たらないと思うけど」


「じゃあ……お姉ちゃんは何が欲しい?」


「そうね。ゆっくり旅行でも行きたいし、二等の温泉旅行なんて当たったら最高だわ」


遥子ようこは、くすりと笑ってくじの箱に手を伸ばした。

ざらついた木の感触。見えない未来を探るように指先が札をつかむ。


──引いた札には『温泉旅行ペアチケット』の文字。


「おおっ、やったじゃん!」


「ほらね」


二人は顔を見合わせて、子どものころのように声を立てて笑った。

その笑顔は、もう誰にも奪われない。


ふいに、真帆が表情を引き締めた。

「ねえ、遥子……あのとき、本当は全部、わかってたの?」


「未来、視えてたの?」


遥子はしばらく黙っていた。春風が髪を揺らし、花びらが頬に触れる。


「──うん。視えてた」


「じゃあ、今は?」


「今は……ううん、“視えた”けど、“変えた”」


「変えた?」


「うん。バイバイ、私の未来──って、そういうこと」


未来に怯えるのは、もうやめた。

いまは、誰かと一緒に選び取った“確かな今”を生きている。


遠くで子どもたちの笑い声が響く。

金魚すくいの水面がきらめき、屋台の灯りが少し早い夕暮れを照らす。


その景色の中で、遥子はそっと目を閉じた。

未来は、どこまでも続いている。

その道を歩くのは、もう恐怖に縛られた「予言者」ではない。


──ただの、一人の少女。


頬を撫でた春風が、花びらをさらって空へ舞い上げる。

その白と薄紅が溶け合う空の彼方に、まだ知らない明日が静かに揺れていた。


***


姉の真帆は、その横顔を見つめていた。

かつて守らなきゃと思っていた妹は、もう自分の足で未来を歩き出している。


でも、だからこそ寄り添える。

もう「守る」だけじゃない。

同じ道を、ともに歩く姉妹として。


春風が、二人の頬を同時に撫でていった。


──Fin

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バイバイ、私の未来― 花びらの向こうへ Spica|言葉を編む @Spica_Written

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