第8話: 視えた未来、選んだ現在
──未来は、見えなくなったわけじゃない。
風に混じって運ばれてきたのは、どこか遠くの桜の匂い。けれど、そのやさしさは胸の奥には届かなかった。
未来は、ずっと視えていた。
けれど、それを直視する勇気が、どうしても持てなかった。
あの頃、彼女が見た未来は──あまりに残酷だった。
独立して成功を掴んだあと、父・真一が金に溺れていく姿。
泣きながら金をせびる父。
失望の末に家を出ていく姉。
荒んでいく家の中。
そして、自分自身の心だけが、すべてを拒むように無機質に凍りついていく。
その未来を避けるために、遥子は“未来視”を閉ざした。
だが、結果として訪れたのは、もっと酷い未来だった。
資金繰りに追われ、崖っぷちまで追い込まれる家族。
そして、逃げ場のない絶望の果てに全員が呑み込まれる「無理心中」の未来。
どちらを選んでも地獄なら──
せめて、自分の望む未来を、自分の手で創りなおしてみたい。
未来視が見せるものが“決定”ではなく、“可能性”であるなら。
その可能性を、自分の意志で塗り替えてみせる。
遥子は、そう強く決意した。
******
芸能事務所の再起は、決して平坦な道ではなかった。
だが、アンコの件をきっかけに、少しずつ信頼が戻り始めた。
かつてのタレントや関係者が声をかけてくれ、事務所の小さな机に再び電話が鳴るようになった。
姉・真帆もまた、自らの得意分野を生かし、SNS運用や企画立案を任されるようになった。
「私にできることなら、何でもやるよ」
その言葉は、家族を繋ぐ糸のように、遥子の胸にやさしく残った。
父・真一も変わりつつあった。
目先の金を追うのではなく、「家族の支え」を何より大切にする姿勢へと。
かつて弱々しく見えた背中に、少しずつ確かな芯が宿り始めていた。
何よりも、家の空気が変わった。
朝食のテーブルには、久しく聞かなかった笑い声が戻った。
週末には公園で弁当を広げ、他愛もない話で盛り上がる。
その光景は、ありふれていて──けれど奇跡のように尊かった。
未来は、今、確かに変わっている。
──私は、未来を選びなおした。
──そして、誰かと一緒に、創りなおしている。
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