余命一年の私と太陽みたいな君

白鷺 結月

第1話

ある時、医者から余命を告げられた日

 ――あなたの余命は一年ほどです。

 医師の口からその言葉が放たれた瞬間、世界が一瞬にして遠のいていくように感じた。

「え……私、死ぬの?」

頭の中でそんな言葉が繰り返し響いた。けれど、不思議なことに、自分が死んでいく未来はどうしても想像できなかった。人は死ぬとわかっても、案外その瞬間を思い描けないものなのだろう。だから涙も出なかった。心の奥が、ぽっかりと空洞になってしまったみたいで。

 ただ、周囲は容赦なく前へと進んでいった。

 母は診察室を出た途端に顔を覆って泣き崩れた。

「そんなの、あんまりです……」

「どうして……どうしてうちの子が……」

 そして私の手を強く握りしめながら、かすれた声で言った。

「健康な体に産んでやれなくて、ごめんね……」

 その言葉を聞いた時、胸が締めつけられるよりも、むしろ虚しさが広がった。だって、そんなの母のせいじゃない。人がどんな身体で生まれるかなんて、自分でコントロールできるはずがないのに。だから私は心の中で「しょうがないでしょ」とつぶやいた。でも、その小さな声が母に届くことはなかった。

 友人たちも変わってしまった。

 以前は笑い合っていたのに、今では誰もが私を腫れ物のように扱う。

「大丈夫? できる? 代わりにやろうか?」

 そんな言葉を投げかけられるたびに、胸の奥がざわついた。

 前までは、そんな風に気を遣われたことなんてなかったのに。私が望んでいたのは、病気になる前と同じように接してくれることだった。普通に、変わらずに。けれど、私の願いは誰にも届かない。みんなが私を「余命一年の人間」としてしか見なくなってしまった。

 食事にも制限がついた。

 好きなものを、好きなだけ食べることができない。

 その小さな不自由が、思っていた以上に心を削っていった。食べたいものを我慢するたび、理不尽な怒りや悲しみが湧き上がり、感情のブレーキが利かなくなる。そうなると、私はただ泣くしかなかった。誰にも見られないように、声を押し殺して。布団を頭までかぶり、夜ごと枕を濡らすのが習慣になっていった。

 やがて、学校へ行く気力もなくなった。

 朝になると、母が私の名前を呼ぶ声が階下から聞こえる。けれど私は耳をふさぎ、体を小さく丸めて布団の奥に潜り込んだ。世界と自分を切り離し、ただ時間が過ぎ去るのを待っていた。

6月13日

 今日もまた、何も変わらない一日が始まった。

 窓から差し込む朝の光が、眠り続けたままの私の部屋を白々と照らす。時計の針はとうに午前を過ぎていた。起き上がる気力もなく、私はただ天井をぼんやり見つめていた。

 ――ゴン、ゴンッ。

 突然、窓に何かが当たる音がした。

 心臓が小さく跳ねる。けれど、すぐにどうでもよくなった。きっと風に舞った小石か、鳥か何かがぶつかったのだろう。そんなことを考えても、意味なんてない。どうせ私は一年後に死ぬ。生きていない未来に、こんな小さな出来事を気にする意味がどこにあるのだろう。

 再び布団を被ろうとした、その時――。

 ――ゴン、ゴンッ。

 今度はさっきよりもはっきりと、同じ音が鳴り響いた。

 煩わしさに負けて、私はしぶしぶ布団から顔を出す。窓辺に近づき、カーテンの端に手をかけた。

 シャッ。

 布を払うと、まばゆい光が差し込み、思わず目を細める。だが、その次の瞬間。

 視界に飛び込んできた光景に、私は思わず息を呑んだ。

 ――そこにいたのは、私がよく見知った人だった。

 眩しいほどの笑顔を浮かべ、太陽を背に立っていた。

「おはよう! 麗音、久しぶりだな!」

 その声は、重苦しい部屋の空気を一瞬で弾き飛ばした。

 窓の外で手を振るその人は、まるで太陽そのもののように輝いて見えた。

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余命一年の私と太陽みたいな君 白鷺 結月 @anju0728docomo

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