ダンジョン再攻略
後日。私は姉の隙をついてギルド保管庫の鍵を盗み出した。それは容易で、何とも拍子抜けだった。
保管庫に忍び込んだあとはギルド資金を横領して、そのお金はプチデビル商人へと流れていった。会員証を作ればポイントが貯まるというのでそれもついでに手に入れておいた。
そして諸々の準備が終わったあと、私は姉を連れ出して薬草摘みの依頼へと向かった。もちろんこの場所は叫んでも誰に聞こえることもない森の中。洞窟からはやや離れているが、ゴブリン族長に足を運んでもらって私は姉の目の前でゴブリン族長に捕まった。
「きゃー、たすけてー」
まさに
「あの……本当にこれで良かったんですか?」
ゴブリン族長は全力疾走したせいか鼻息が荒いまま訊いてくる。その声が、洞窟の最深部にこだましていた。
「いいのよ。こうでもしないと、お姉ちゃんたちが初心者向けダンジョンに来るわけがないじゃない」
「あんまりその……初心者向けとか言わないで下さいますか。リーリアさん」
「事実なんだからしょうがないでしょう。それよりも洞窟内の様子はどうやって見るんだっけ?」
「ああ、これです。この魔鏡を通じて一望できます」
「ふぅん。便利なものね。あっ、もう来たわ!」
鏡面に映るのはラルゴ、セリノス、そして姉。まぁ、想像通りではある。あの二人は姉に気がありそうだったし、姉が泣きつけばここぞとばかりに力を貸すだろう。しかし――。
「たった三人で来るなんて、なめられたものね」
私が不敵な笑みを浮かべているのにゴブリン族長が気が付いたのか、また口に手を当てて「あわわ……」と右往左往している。族長なら族長らしく、どっしりと構えていてほしいものだ。
やがて三人が最初のトラップが仕掛けてある場所に到着した。ここまでにはあえて、新規のトラップは設置していない。彼らにはつい最近ここを攻略した経験がある。そこに油断がある。
「む、そういえばここにはトラップがあったな。この地面の色が違うところは避けなければ」
そう言って迂回したラルゴの足が、ずぼっと音を立てて地面に飲み込まれた。
「なっ! どうした、ラルゴ!?」
慌てて駆け寄ったセリノスは驚愕の表情を浮かべている。
当然だ。床の色が違う場所こそが安全地帯なのだから。本当はトラップで敷き詰めても良かったのだが、そこにばかり資産を投資するのは現実的ではない。あくまで必要最低限。そこに美学がある。
私の罠にはまって、蠢いているラルゴを見て、内心ほくそ笑む。自慢の筋肉も両手斧も、無意味なのだと理解しただろうか。
トラップは落とし穴だけでない。すっかり動けなくなったラルゴの横から、槍が飛び出してくる。ちょうど胸の辺りに刺さるように計算済みだ。
だが、私の想像とは裏腹にセリノスが槍を敏感に察知して、槍の先端がラルゴに刺さる直前に剣でなぎ払った。
「ちぇっ、あのナルシストやるなぁ……でも」
壁から飛び出す槍は、天井に仕掛けてある罠から目を逸らすためのものでしかない。今度は二人の頭上に大量の油が降り注いだ。
「うわっ!?」
「え、なによ、これ!」
姉が驚いて尻餅をついて、まるで虫のように後退していた。
三人が狼狽しているところに、ざっざっ、と足音が響いてくる。そこには松明を携えた十匹のゴブリンたち。ゴブリン族長に集めさせた勇士たちだ。
トラップの連続で理解が追いついていない二人に、ゴブリンたちは松明を投げつける。今自分たちが身に纏っているのが油だと、理解する暇は果たしてあっただろうか。
二人は轟々と燃える火にまみれて、悲鳴を上げながらのたうち回っている。折角抜け出した落とし穴にまた落ちて、やがて動かなくなった。まるでここまで焦げた匂いが香ってくる気さえしてくる。しかし聞こえてきたのは、ゴブリン族長の荒い鼻息だった。
「おぉ! 冒険者を殺せた! やった、これで私たちも久しぶりに人肉が食べられる!」
「良かったね、ゴブリン族長さん。お姉ちゃんは襲わないって約束、覚えているわよね?」
「もちろんですとも、リーリアさん」
松明を投げ終えたゴブリンたちは互いにその場で飛び跳ねて喜んでいるようだった。トラップではなく、トドメはしっかりと彼らにやらせることで一応は彼らのモチベーションアップにも繋がっただろう。きっと達成感に満ちあふれているに違いない。
十匹のゴブリンたちは黒焦げになった死体を何度も振り返り確認しながらも、その場から撤退していった。
姉は杖に体重を預けてふらふらと立ち上がり、死んだ二人の仲間へ目を落とし愕然としていた。姉の回復魔法では蘇生はできない。二人を助けることがヒーラーの役目だというのに、一体何のために後衛を務めているのやら。
だが、ここで援軍を呼びに行かれては困る。折角士気が上がったゴブリンたちが全滅してしまっては本末転倒だ。私はすぐに洞窟の最深部から入り口に向けて歩を進めて、大きな声で助けを呼んだ。
「おねえちゃーん、助けてー」
一応念のために、洞窟の別ルートから入り口のほうへ通路を作っておき、帰れないように岩石で塞ぐ手も打っていたが、姉は私の声にはっと顔を上げると、涙を拭って駆けだしてきた。
「おねえちゃーん、こっちだよー」
姉はほとんどつんのめるようになりながら、私の姿を見つけると安堵の表情で抱きついてきた。
「ああ、リーリア……! 良かった、無事ね、無事なのね? どこも怪我をしていない? ゴブリン族長はどうしたの?」
矢継ぎ早に質問する姉の頭を撫でてあげる。これではどちらが姉か分かったものではない。姉は私の無事を確信したのか、
「良かった、本当に……」
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに? やっぱりどこか痛む?」
「ううん、違うの。ここのトラップどうだった?」
「え?」
私の笑顔に、姉は首を傾げている。言葉の意味がまだ浸透していないようだった。
「だから、トラップ。どうだった?」
「どうって……?」
「だから、出来の良さを確認してるんだよ。ここのトラップ、私が改良したんだ、どう? 凄くない?」
姉は呆然とした様子で私の瞳を覗き込んでいる。
「もう、何か言ってよお姉ちゃん。まぁいいや……。私、これからもっと他のダンジョンにいって色々と手を加えたいの。だからしばらく帰らないわ」
「な、何を言っているの? リーリア?」
「この洞窟のトラップが変わったことなんかは他の人に言わないでね。ここはあくまで初心者狩りの洞窟として機能させたいんだぁ、魔鏡にその姿を保存しておけないか確認しておかなくちゃ」
姉はもはや口をぱくぱくと動かしているだけだった。
「そういうわけだから、またね、お姉ちゃん」
――――――――――――――――――――――――――――
あれからどれほどの年月が流れたのか――やがて、どのダンジョンも冒険者では歯が立たなくなり、ギルド連合組合は解散という苦渋の決断を強いられた。
新たに冒険者を名乗る人間は誰一人としておらず、すでに冒険者だった者たちも武器を置き清貧に暮らし始めた。
今までは冒険者がギルド連合組合が定めるダンジョンと呼ばれる場所に赴き、そこで遭遇するモンスターの素材や希少な鉱石類などを用いて技術の発展を目指していたのだが、冒険者がいなくなったことで街は衰退の一途を辿っていった。
そしてそれは、ダンジョンも同じだった。
冒険者の死体を貪っていたモンスターたちは冒険者が来なくなったことで食い扶持を失い、個体数が減少していき、やがて絶滅していった。そして、おぞましいトラップの数々だけが取り残された。
二つの種族は互いを敵対視しながらも需要と供給が成り立っていたのだ。
そんな自然の摂理を破壊して世の
隣の邪神ちゃん 霧氷 こあ @coachanfly
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