僕は先頭電車に乗りません

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全1話 僕は先頭電車に乗りません



【僕は先頭電車に乗りません】

 僕は先頭電車に乗りません。

ある女性に、無視をされるからです。

いつも僕は七時四十五分の電車に乗っていました。

彼女との出会いは、僕がレポートづくりを忘れてしまい、急いで乗った始発の電車でした。

始発の電車というのは朝五時頃に出るものですから、やはり人は少なかったです。

なんだか自分以外に人がいなくなったみたいで、ワクワクしました。

僕はあえて電車の先頭に乗りました。

先頭というのは、運転士さんが見えるところのことです。

電車が動き出して、最初のうちは夢中で運転士さんと僕の間にある窓ガラスに手のひらをくっつけて、運転士さんが電車を運転している様子を見ていました。

ボタンやブレーキがたくさんあってびっくりしました。

それを見て、僕は到底運転士さんになれないと思いました。

そしたら、僕しかいないはずの車内で、カタンッと何かが床に落ちたような音を鳴らしたのです。

驚いて後ろを振り向くと、すぐ近くの座席で綺麗な女の人が座っていました。

一目惚れでした。

彼女は足が悪いのか、杖を持っていました。

さっきの音は、その杖が倒れた音だとすぐに分かりました。

あまりにも綺麗な人だったので、僕はつい話しかけてしまいました。

「こんにちは、とても綺麗ですね。名前を教えていただけますか?」

踏み込みすぎた質問であることは自覚していましたが、このとき勇気を振り絞ってでた言葉がこれだったのです。

彼女は僕の問いかけに無視しました。

少し傷つきましたが、寝ていたのかもしれないので、今思うと無視していたわけではないのかもしれません。

でも、僕は無視に慣れていました。

僕の同級生にも、よく無視されていた時期があったからです。

ですが、そういうときは決まって僕のせいなのです。

なので、最近は僕から同級生の人たちに話しかけようと頑張っています。

僕から話しかけたら、皆から無視されることは無くなりました。

むしろ、皆から笑って僕に話しかけてくれます。

最初は原田くんという男の子だけが僕に優しくしてくれましたが、原田くんは皆の人気者なので、他の友達も連れてきて遊びに誘ってくれるようになりました。

今では、皆と毎日のように遊んでいます。

そう、つまり僕がいいたいのは、自分から積極的に話しかければ相手も分かってくれるということです。

なので僕はもう一度彼女に話しかけました。

「最寄りの駅はどこですか?」

ついまた不審者じみたことを言ってしまいました。

そうすると、今度は彼女が僕の方を睨んできたのです。

もう話しかけるな、そう言っていたように鋭い眼光でした。

そしてスマホをじっと見ると、次に止まった駅で降りてしまいました。

もう少し話しかけてみたかった気持ちもありましたが、それ以上は失礼になると思ったので、この日は諦めて、彼女が降車してからも電車に揺られました。

この出来事以来、僕は彼女のことが忘れられなくなりました。

いつもと同じ四十五分の電車に乗っても、彼女のことを思い出さないよう、先頭電車には行かないようにしました。

だって、もう彼女とは会うことができないのですから。 

それでも僕は彼女を忘れられません。

こんな気持ちになったのは初めてでした。

僕と彼女は、運命なんだと、本気でそう感じました。

なので、あの日はまた彼女に会いたいと思い、前乗った始発電車の先頭に乗ったんです。

母や、原田くんを見習って、僕も人に優しくしなければならないと。

僕はいつも勇気が出なくて、人に優しくすることができていませんでした。

でも、自分から本気で仲良くなりたいと、分かり合いたいと、そう思える相手ができたのです。

僕が彼女に優しくして、それで、あわよくば気軽くお話できるような、そんな関係になれればいいと思いました。

よく子供っぽいと人に言われるので、もう大人なんだと証明したい気持ちもありました。

でも、その考えは間違っていたんですね。

僕は、ずっと騙されていたんだ。

…教えてください、僕は、これからどうすればいいのでしょうか。

(全文より一部抜粋)

 

【始発電車女性暴力事件】

「津田さん、先週の事件なんですが…」

首元まで丁寧にネクタイを締めた部下と思われる青年がいかにも貫禄のありそうな強面の男に話しかけた。服装は違えど、二人とも胸には小さな黄金のバッジを光らせている。

「ああ、あの暴行事件の事か?まさか、始発で起きるなんてな…」

津田と呼ばれる男は、脇に大量の書類が置かれていたのにも構わずタバコに火を付けると、顔に似合う渋顔をつくり白く濁った煙を吐いた。

「ちょうど今、彼に対し二度目の取り調べを行っている。だが、一度目の取り調べの時点でかなりの情報は掴めた。彼の仕事や、人間関係なんかがな…」

そう言いながら津田が大量の書類を漁り、一枚の紙を

取り出した。手書きで書かれた乱雑な書体で紙面いっぱいに文字が書き殴られている。

「津田さん、これは…」

「昨日俺が個人的に彼の情報をまとめて書いてみたんだ、どうだ?読みやすいだろ?」

青年は津田の言葉に苦笑だけすると、渡された紙をじっと見つめた。

「あれ?これって…犯人は学生じゃなかったんですか?」

 《逮捕 ミヤベ シュウゴ(三十)》

「いいや、最初はしゃべり方や見た目で学生だと思われていたんだが、その後の調査で中小企業に勤務する成人した男であることが判明したんだ。」

津田は席をたつと、コピー用紙とペンを持ち再び自身の席へ戻りそのコピー用紙にペンを走らせた。その様子を観察していた青年に、津田が書き終わった紙を示した。

「これがそのミヤベの人間関係だ。まだはっきりとはしていないんだが…以前彼の仕事や親についてうっすら分かったことがあるんだ。ここに書いたのはあくまでも俺の推測に過ぎないが…」

 《幼少期から母親による虐待》

「親による虐待!?なんでですか?」

「昨日の取り調べでミヤベがやたらと親のことを話したんだ。お母さんは僕を必要としてくれた、優しくしてくれた、だから事件とは関係ないと…聞いてもいないことを。」

「そしてこれは」と津田が話を続け、《ミヤベ》と書かれた部分から矢印を引き、何か書き加え始めた。

「親による洗脳と疑うまでの執着、子どものような話し方、他人への承認欲求や依存、そしておそらく妄想に取りつかれている…」

 《発達障害、統合失調症、依存性パーソナリティ障害の疑いあり》

「特に依存性パーソナリティ障害は幼少期から虐待やもしくは洗脳を行っている場合に多く見られる。」

「なるほど、だから虐待だと…」

「そしてさらに、これを決定づける事実があるんだ。」

津田がボールペンの先で青年の目線を誘導する。

「原田祐介…ミヤベの会社の同僚、ですか?」

「そう、ミヤベは原田の名前を何度か出したんだ。ハラダくんは僕に優しくしてくれるってな。」

 《原田 祐介 ミヤベいじめの主犯格》

「この原田が、会社の同僚間でのいじめの主犯格であると俺は思ってる。」

「つまり、ミヤベは同僚からの集団いじめを受けていたということですか?」

「まだ断定はできないが、ほぼ事実と言えるだろう。そして原田が主犯格であると決定づける事がある。」

[男子高校生、集団いじめで被害者を自殺に追い込む!]

《被害者 三好健さん(十六) 首謀者 原田祐介 (十六)加害者 吉川圭吾(十五)水沢伸二(十六)その 他男子高校生五名 》

「今から十五年前、原田が高校生の時起こした事件だ。あまりにもひどい内容だったから記憶に残っていた。」

津田は眉間のシワをさらに深く刻み、苦い表情だ。彼の表情や声の重みで内容を聞かずとも当時の事件の凄惨さが伝わってくる。

「もちろん未成年の起こしたことで、直接殺人を犯したわけでもない。だからニュースでは匿名で報道された…加害者の奴らがどうなったのかは覚えていなかったが、まさか反省もせずこんなことを繰り返していたとは…」

「そんなまさか…つまり、ミヤベの言う優しくしてもらったというのは 暴力をされる事…ということでしょうか?」

青年が暗い顔で探るように津田へ問いかける。

「ああ、そう捉えられるな…ミヤベは母親による虐待及び洗脳によって暴力を愛情や親切心であると思い込んだまま成長した…人に必要とされ、自分に構ってくれる事、多分それが彼にとっての一番の幸せだったんだ。」

「だいぶ気の毒な家庭環境だったんですね…彼には少し同情します。」

青年の言葉に津田も共感している様子だったが、すぐに正気を取り戻そうと頭を抱え、口を開いた。

「だからといってミヤベのしたことは非道な行為だ、被害者の方が報われない…」

 《被害者 坂本 美鶴さん(25)殴る蹴るなどの暴行により意識不明の重体》

「でも彼はなぜ見ず知らずの乗客の女性にこんなことをしたんでしょうか…」

「詳細や動機に関してはそろそろ分かると思うが、女性とミヤベは事件当日が初対面じゃなかったと考えられる。」

  《ミヤベが被害者の女性に無視されたと発言。それが動機かは不明》

「無視された!?そんなことが動機なんですか!?」

青年はさっきの同情を消し去るほど軽蔑した目で資料を見て怒りを向ける。

「いや、それだけじゃないだろう、きっと何か…彼女に対しミヤベなりに伝えたいことがあったんだろう、それに無視されたというのは適切じゃない、だって彼女は…」

津田が言いかけたその時金属製で丈夫なドアが凹んだ部分を擦り、大きく開く音がした。

「津田さん、先ほど行ったミヤベへの取り調べの内容を資料にまとめてきました!」

スーツを着こなした部下である若い男数人がドアの外に立っている。

「すまないな、他の仕事もあっただろうに、ご苦労!」

津田がそう声をかけると部下達は揃えて敬礼を行い、去っていった。

「それじゃ、拝見するとしようか。」

「そうですね。」 

青年とともに津田が貰った資料の中身を静かに開いた。

 

【先頭車両での出会いと希望】 

 私は毎朝始発の先頭車両に乗ります。

本当は朝弱いので、もう少し時間をおいてから乗りたいですが、そうしたら色々な人に迷惑がかかってしまうので、やはり始発でなくてはならないのです。

なぜなら、私は難聴と弱視を同時に患っているからです。

白杖を使い歩いているので、混んでいる電車ではどうしても迷惑になってしまいます。

なので、私は毎朝誰も人がいない始発に乗ります。

どこで降りるかや、この電車がどこの駅で止まるのかは、あらかじめ調べておいています。

完全に目が見えないわけではないので、スマホで文字を大きくしてメモをとりました。

それを見て、どこで降りるかを注意深く観察します。

今から一ヶ月ほど前、始発の電車の先頭車両に、ぼんやりと人が乗ってくるのが見えました。

多分、男の人です。

彼は最初のうちは私に背を向けて運転台の方をじっと見ていました。

ここに人が乗ってくるのが初めてだったので、私はしばらくそんな彼を見つめていました。

そしたら、気が緩んだのか持っていた白杖を倒してしまいました。

慌てて白杖を拾うと、彼がこちらに気づいたのか、私の方へ近づいてきました。

さっきまで見つめていたのがバレるかもしれない、となんとなく後ろめたい気持ちになってしまい、彼から目を逸らしました。

その時彼は何か私に言っていたような気もします。

多分、さっき彼を見つめていたのが伝わっていて、文句を言われたんだと思います。

私は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、謝ろうと思いましたが、次の駅で降りなくてはならないということで混乱してしまいました。

彼の顔を見て謝ろうと思い、ぼやけた彼の顔を必死に見つめて、声を出そうとしましたが、多分、発声できていなかったでしょう。

そのまま、何も言わないで私は止まった駅で降りました。

彼には、本当に申し訳ないと思っています。

一ヶ月経っても、彼の事がどうしても忘れられないまま、今日も電車に揺られています。

そろそろ、前に彼が乗ってきた駅に着きます。

もう彼が乗ってくることはないと思いますが、もしまた会えたなら、次はきちんと謝りたいです。

そして、もし仲良くなれたなら、毎朝始発で一緒に乗ってお話できたりしたなら…どれだけ楽しいでしょうか。

友人の数少ない私にとって夢のような想像をしました。

不思議とそんなことを思っているときに限って、本人は来てしまうものです。

前と同じ駅で、前と同じ人影。

心の中、一人で噂していた彼が、今乗ってきたのです。

嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、申し訳ない気持ちで胸がが締め付けられるよう痛みます。

私が彼の方へ歩く前に、彼の方から私に近づいてきました。

今こそ、勇気を出して謝る時です。

そして、できるなら彼と仲良くなりたい。

私は重い足に力を入れ、彼の方へ一歩、足を踏み出しました。



 

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僕は先頭電車に乗りません wbsn @20091226

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