第4話 へんたいら

愛花あいかさんの気まぐれで、俺と先輩は二人でゲームショップへ行くことになった。


家を出る直前、愛花あいかさんに呼び止められた。


「あ、たいらくん!」


「…なんですか?」


すいちゃん、人とコミュニケーションとるの苦手だから、こっちからグイグイいったほうがいいよ」


グイグイといっても…何を話せばいいのやら。


「んじゃ、いってらっしゃ~い!!」


俺は先輩と歩きながら、話題を探していた。

天気…はもう夜だし、学校…はまだまともに始まってないし、う~ん。


(ん?そういえば、なんかさっきから先輩がいる右側がまぶしいな…)


先輩がいるほうに目を向けてみると、登山とざんとかで使うようなヘッドライトを頭にはめて本を読んでいた。


「フフッ」


思わず笑いがこぼれてしまった。

そこまでして本を読みたいのか、子どもみたいで可愛かわいいな。


先輩は本に集中しているのか、何もリアクションがない。


先輩が楽しそうならそれでいいのかな、とも思いながら、先ほどの愛花あいかさんのセリフが頭をよぎる。


すいちゃん、人とコミュニケーションとるの苦手だから、こっちからグイグイいったほうがいいよ」


先輩と話せる話題わだいといえば…本のことについて聞いてみるか。


「先輩、その本面白おもしろいですか?」


返事はない。


「先輩?」


集中すると、本当に周りの声が聞こえないんだな。


「先輩っ」


俺は先輩の目の前に手を出して上下に振ってみた。

まだ気づかない。


最終手段だと思いつつ、先輩の肩をトントンと叩いてみる。

ようやくこちらに気づき、ゆっくりと視線を向けてきた。


「あ、あの…その本、そんなに面白いのかなぁと思って」


「うん。面白おもしろいよ」


「そうなんですね!俺も読んでみようかな~…なんて。先輩が読むような本はむずかしそうだし、俺には無理かな~」


「たしかに、これは少しむずかしいかも」


「そ、そうですよね~」


先輩のほうを見ると、何か言いたそうにモジモジしている。


「先輩。どうしたんですか?」


「…と思う」


「え?」


「これは少しむずかしいけど、同じ作者が書いた『夜のキャンプ』とかは、普段本を読まない人でも読みやすいと思う」


そう言った後の先輩の表情はどこか不安そうで、ソワソワしていたように見えた。

きっと、俺が興味を持ってくれるか不安なのだろう。


しかし、先輩が関係していれば、俺が興味を持たない話題などない!!


「わかりました。ありがとうございます!明日本屋で探してみます!」


「…貸す?」


「…え?」


「私持ってるけど、貸そうか?」


「いいんですか!?」


「今はそんなに読んでないし」


「か、借ります!貸してください!すぐに読んで感想提出します!」


「フフッ」


「え…」


「ごめん、ちょっとおもしろくて」


先輩は顔を本で隠していたが、頭につけたヘッドライトの光が小刻こきざみに揺れていた。


俺はてっきり先輩に嫌われていると思っていたが、そうでもないのかもしれない…

このチャンスに今までの失態しったいあやまっておいて、好感度を少しでも上げておこう!


「あ、あの…先輩」


「なに?」


「さっきはすいませんでした。アパートの下の階から見ちゃって。先輩の…その…パ…パン──」


「ああ、ごめんね。なんか今日コンタクトの調子が悪くて、睨んじゃってたよね」


「え、あ、いや!全然大丈夫です!でも、洗濯ものは部屋の中のほうがいいですよ!みんないるとはいえ、女の子の一人暮らしなんで」


この後に続く「先輩のパンツ、他の人に見られたくないんで!」はグッと飲み込んだ。


「フフ、なんかお父さんみたい。普段は部屋の中に干してるから大丈夫だよ。あれはシュシュだったから、大丈夫かなって。天気も良かったし」


え、フリフリがついている真っ白な布ってシュシュだったの?

あぶねー…命拾いした…


「顔色悪いけど、大丈夫?」


「え、あ、大丈夫です!」


あとあやまるべきことは、洋子ようこさんのいたずらだったとはいえ、先輩の部屋に上がり込もうとしたことだ。


「あと、ご飯前の洋子ようこさんのいたずらのことですけど…」


「ああ、何か話してたね」


「え、内容は聞いてないんですか?」


「うん、本に夢中だったから」


「あ、そうなんですね!じゃあ、大丈夫です!」


「??」


首の皮一枚つながった…


そうこうしている間にゲームショップに着いた。

ゲームを受け取り、帰路きろに着く。


先輩を見ると、何やらソワソワしている。


そっか、俺が話しかけたから本を読むのをやめてくれたんだった。

とりあえず、今日のところはたくさん話せたからいいよな。


「先輩、本読みたいんですよね」


先輩はえっ?と言わんばかりにおどろいた顔をこちらに向けてきた後、こくりとうなずいた。

親の顔色をうかがう子どものようで、とてもいとおしかった。


「いいですよ、前は俺が見てるんで」


先輩は再び本を読み始めた。

本を読んでいる先輩の表情はとても楽しそうで、俺と話してるときより楽しそうに見えた。


それがなんだかくやしくて、俺はちょっと不機嫌ふきげんになっていた。


いま先輩と話したら「俺と話すのと本読むの、どっちが面白おもしろいですか?」なんて聞きそうだったので、この時ばかりは会話がなくてよかったと思う。


メゾン・ド・平和に帰るやいなや、愛花あいかさんの声が聞こえた。


「ああ!くんおかえり!」


「何ですか、って」


変態へんたいたいらだからすいちゃんの部屋に上がり込もうとしたんでしょ?」


なぜ、愛花あいかさんがそれを知っている…

俺はゆっくり視線を洋子ようこさんに向けた。


「ごめんなさい、可愛かわいかったからみんなに話しちゃった♡」


俺はおそおそる先輩のほうを見る。

あれ、先輩またコンタクトの調子悪い?目つきがするどいような…


「おやすみなさい」


「あ、せんぱ──」


いわけをするひまもなかった。


「なんかわかんないけど、たいらくんドンマイ!おっぱいも物語も、山あり谷ありだよ!ちなみに、僕は谷も好きだから、愛花あいかちゃんも自信もっ──」


愛花あいかさんの右ストレートがあっくんのほほを捉え、にぶい音がひびいた。

なるほど、これは地雷じらいなんだな…


といった感じで、先輩との仲はいきなりマイナススタートから始まった。


果たして俺は、ここでうまくやっていけるんだろうか…

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メゾン・ド・平和の平和じゃない日々 シライシ @omusubiZZ

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