第10話
第十話:君の涙が落ちる前に(里音 side)
あの日の空は、なぜかやけに青かった。
夕焼けも雲もなかった。
風も吹いていなかった。
ただ、世界だけが、音もなく崩れていった。
「……お父さんとお母さんは……もう、戻ってこないんだって」
警察官の静かな声が、まるで誰かの夢の中みたいに遠くて、現実味がなかった。
でも隣で震えている玲音の手が、そのすべてが現実だと教えてくれた。
同じ日、琴葉と奈帆のご両親も……
人を恨んだのは、初めてだった。
こんなにもあたたかくて、優しい人たちが、どうして——
(なんで……こんなことに)
◇ ◇ ◇
それから数日後、俺たちは同じ屋根の下で暮らすことになった。
大人たちはいろいろ話し合ってくれたらしいけど、最終的に、琴葉が俺に言ってくれた。
「……里音くんたちと、一緒にいたい。……離れたくないから」
その一言に、どれだけ救われたか、言葉にできなかった。
——俺も、琴葉たちと一緒にいたかった。
だから今、俺たちは四人で暮らしてる。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、今日のご飯、カレーでいい?」
キッチンでエプロン姿の琴葉がふり返って言う。
「うん、奈帆も手伝う〜!」
玲音はご飯を炊く準備をしていて、俺はサラダを盛り付けていた。
「こうやって暮らすの、なんか……不思議だよな」
「うん……でも、家族みたいだよね」
琴葉の言葉に、胸があたたかくなる。
夕食を囲む四人。
笑ったり、泣いたり、ケンカしたり。
それでも、心だけは離れないように寄り添っている。
……でも夜になると、胸の奥にぽっかりと穴が空く。
◇ ◇ ◇
その夜、俺はひとりリビングでソファにもたれていた。
ふと、両親の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「……母さん……父さん……」
涙は出なかった。
でも、心のどこかがずっと泣いているようだった。
そのとき、誰かの小さな足音が聞こえた。
「……里音くん」
振り返ると、琴葉が立っていた。
ゆっくりと俺の隣に座り、黙って肩を寄せてくる。
「……泣いてもいいんだよ」
その声を聞いた瞬間、張りつめていたものがぷつんと切れた。
「琴葉……ごめん……俺……強くなりたかったのに……」
「……ううん、強くなくても、弱くなっていいんだよ。わたしも、強くないから……」
琴葉の肩に顔をうずめると、彼女の手が優しく背中をなでてくれた。
そのぬくもりが、どれだけ救いだったか。
そして数日後——
琴葉がひとり、洗濯物を干しているときだった。
今度は、彼女が背中を震わせて泣いていた。
「……っ、お母さん……っ、会いたいよぉ……」
すぐに俺は走って行って、彼女の手を取った。
「泣いていいよ。今度は俺が、そばにいる番だ。」
彼女は何も言わずに、ぎゅっと俺の服を握りしめた。
お互いに、完全には癒せない傷がある。
でも、それでも。
——君が泣くときは、俺が支える。
そして俺がつらいときは、君がそばにいてくれる。
それだけで、きっと前を向いていける。
◇ ◇ ◇
夜、四人でおそろいの湯呑みにお茶を入れながら、玲音がぽつりと言った。
「……にいちゃん、琴葉ちゃんと奈帆がいてくれて、よかったね」
「……うん。ほんとに」
「わたしも、里音くんがいてくれて、うれしいよ」
奈帆が照れくさそうに言って、琴葉も微笑んだ。
——この家族は、血がつながっていないけど、
心がつながってる。
そんな、静かで、でも確かな絆が、ここにはある。
夕空に、君の名前を 此本心菜 @kuma1022
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