第9話

第九話:わたし、お姉ちゃんみたいになれるかな(奈帆 side)


運動会の帰り道、夕暮れの空がオレンジに染まっていた。

手にはもらった参加賞のお菓子、心の中にはずっと残ってる——“あのシーン”。


(……お姉ちゃん、かっこよかったなぁ)


「好きな人ってお題だったから。だから、琴葉がいちばんに浮かんだんだ」

里音くんのあの言葉は、奈帆の胸にもずっしり響いていた。


——なんか、映画みたいだった。


(いいなぁ、お姉ちゃん。ちゃんと“好き”って言われて……)


玄関を開けると、琴葉はリビングで水を飲んでいた。


「あ、奈帆。おかえり」


「うん……あのさ、お姉ちゃん。ちょっとだけ、話したいことあるんだけど」


「え? なになに、まじめ?」


「まじめ……というか、ちょっと恥ずかしいかも……」


琴葉が笑いながら、こっちにおいでってソファをぽんぽん叩いた。

奈帆はそっとそこに腰を下ろして、モジモジしながら話し始めた。


「……ねぇ、お姉ちゃんって、最初から里音くんのこと、好きだったの?」


「え?」


琴葉は少し驚いた顔をしたけど、すぐにふんわり笑った。


「うーん、いつからって、よくわかんないんだけど……気づいたら、目で追ってたって感じかな」


「……そっか。奈帆もね、そんな感じなの。玲音くんのこと」


「玲音くんのこと、好きなんだね」


「うん。大好き。でも……なんか最近、ちゃんと目を見て話せないの。前はもっと普通におしゃべりできたのに、今は話そうとするとドキドキして、言葉が出なくなっちゃう」


琴葉は優しくうなずいて、奈帆の頭をなでた。


「それって、ちゃんと恋してるってことだよ。……奈帆、すごいね」


「……すごくないよ」


奈帆は、少しだけ口をとがらせて下を向いた。


「お姉ちゃんは、ちゃんと“好き”って言ってもらえたし、選んでもらえた。……奈帆はまだ、何も言えてないし、何も伝えてないよ」


その言葉に、琴葉は少し真剣な顔になった。


「ねぇ、奈帆」


「うん?」


「わたしね、里音くんに“好き”って言われて、すっごくうれしかった。でもね、もし自分の気持ちを伝えてなかったら、その言葉を信じられなかったと思う」


「……え?」


「自分の気持ち、ちゃんと自分でわかってて、それを伝える覚悟があったから、“好き”って言葉がまっすぐに届いたんだと思う。だから、奈帆も……あせらなくていい。でも、自分の気持ち、大切にしてあげてね」


「……うん」


涙が出そうだった。

お姉ちゃんって、やっぱりすごい。

強くて、優しくて、かっこよくて、ちょっぴり照れ屋で……でも、大好きな人の前では、まっすぐになれる人。


(……わたし、いつかお姉ちゃんみたいになれるかな)


ソファに座って、二人でぼーっと天井を見ていたら、ふと琴葉が言った。


「奈帆、もし玲音くんに“好き”って伝えたくなったら、背中押してあげるよ」


「ほんと?」


「うん。姉妹だからね」


その言葉が、なによりも嬉しかった。


「……うん、ありがと、お姉ちゃん」


——きっと、恋ってまだまだ難しい。

でも、わたしもがんばってみるよ。

大好きな人に、ちゃんと届くように。

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