第8話


第八話:好きな人、って呼ばれた(琴葉 side)


秋の空は高くて、どこまでも透き通っていた。

今日は、待ちに待った運動会。


クラスみんなで作った応援旗、真っ赤なハチマキ、

いつもは静かなグラウンドが、今日だけはお祭りみたいににぎやかだった。


琴葉は白組。緊張しながら、かけっこや団体競技をこなしていく。


「琴葉〜! 最後の借り物競争、出番だよ!」


友達の美結に背中を押されて、列の最後尾に並ぶ。


(借り物競争かぁ……誰か借りに来てくれるかな)


ちょっとだけ期待していた。

でもすぐに打ち消す。


(……だって、わたしなんか……)


◇ ◇ ◇


競技が始まる。

ひとり、またひとりとお題を引いて、校庭を駆けていく。


「ぬいぐるみ!」「赤いもの!」「おじいちゃん先生〜!」


そして——

「……“好きな人”?」


アナウンスが読んだその言葉に、会場中が「えぇー!?」とどよめいた。


(誰……? 誰がそれ引いたの!?)


ハチマキを頭に結んだその男子生徒は——

まぎれもなく、楠原里音だった。


(えっ、うそ……)


琴葉の心臓が、思い切り跳ねる。

そして、彼はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


——真っ直ぐに。


まるで、ためらいも、迷いもないように。

目が合った瞬間、琴葉の身体は固まった。


「……琴葉」


「えっ……あ、わたし……!?」


「うん。借りるよ」


恥ずかしそうに、でもしっかりと目を見て、そう言った。


——“借りる”って、なんなの……

でも、嬉しすぎて、足が勝手に動いてた。


一緒に手をつないで走り出す。

グラウンドを駆ける時間は、たったの数秒だったけど。


「……なんで、私?」


ゴールしたあと、はずかしさとドキドキをごまかすように聞いた。


「……理由、言わなきゃダメ?」


「え……」


「“好きな人”ってお題だったから。だから、琴葉がいちばんに浮かんだんだ」


その言葉に、全身の血が逆流するような衝撃。

ドキドキが止まらない。顔もきっと真っ赤。


「……ずるいよ、それ……」


「俺だって、ずるいって思ってる。でも、ずっと言いたかった」


「……!」


「好き、琴葉」


——言葉にならなかった。

返事もできなかった。


でも。

手をつないだまま、離さなかった。

それが、わたしなりの答えだった。


◇ ◇ ◇


その日、風は少し強かったけど、空はとても青かった。


——“好きな人”って呼ばれた。

それだけで、世界がきらきら光って見えた。

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