星降る森の道

sui

星降る森の道

森は古く、誰が最初にその奥を訪れたのかを知る者はいません。

ただ一つ、語り継がれる言い伝えがありました。


――夜に現れる「星の渡り」を歩いた者は、心の奥に眠る願いを見つける。だが、その願いは代償を伴う。




昼の森はひっそりと眠ったように静かで、風が枝を揺らす音さえほとんど届きません。ところが夜になると、空を覆う葉の隙間から降り注ぐ星光が、土の小径を淡く縁取り、まるで道そのものが天に続いているかのように輝き出すのです。

道を進むごとに、聞いたことのない音楽が響きます。枝の軋む音が弦楽のように重なり、木の葉の震えが笛のように囁き、光の粒が舞うたびに鈴のような音が降りてくる。

その旋律は歩く者の心の奥を映し出し、希望や恐れ、忘れかけた想いを呼び覚ますといわれています。




ある夜、一人の少女が迷い込むように森に足を踏み入れました。

彼女は村を追われ、行くあてもなく彷徨っていたのです。

村人たちは彼女を「不吉を呼ぶ子」と呼びました。生まれた夜、村は大嵐に襲われ、以来、彼女が笑うたびに不思議と空が曇ったからです。少女は理由も知らぬまま大人たちに疎まれ、孤独に育ちました。


星の渡りに足を踏み入れると、音楽が彼女の胸を震わせました。

はじめは恐れ。次に寂しさ。やがて、それらを覆うように、心の奥底でかすかに燃えていた「生きたい」という願いが浮かび上がりました。




道の果てには一本の巨大な樹が立っていました。

その枝には星が果実のように揺れ、根元には淡い光の泉が湧いています。

少女が近づくと、星々が低く歌うように震えました。


「星を摘もうとするな。

 星はおまえを救うのではない。

 願いを見届けるだけだ。」


声ではなく、心の奥に響く囁きでした。

少女は星に手を伸ばそうとして、それができないことを悟りました。代わりに彼女は光の泉にひざまずき、心から願いました。


「どうか、わたしを生かしてください。

 誰に拒まれても、わたしは空を見上げ続けたい。」


泉の光が大地を走り、道はゆっくりと消えていきました。




夜が明けると、森は再び沈黙を取り戻しました。

少女は森を抜け、知らぬ土地へ歩き出しました。村人たちに拒まれても、彼女の瞳には星のような光が宿り、失われることはありませんでした。


人々はやがてその光に惹かれるように集い、少女は孤独ではなくなりました。

しかし、彼女は二度と「星の渡り」を見つけることはできなかったといいます。


――けれど、夜空を仰ぐたびに、あの道で聴いた音楽が胸の奥でそっと響いていたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星降る森の道 sui @uni003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る