ロング・プレイヤーが終わる頃

スローダンサー

遠い未来、はるかかなたのネオアイチケンで


2999年(由安17年)12月。終わるまで1000年かかる曲が終わるこの年。新年号になってから、初めて雪が降ったネオトヨハシは今日も物騒である。


【バイオティラノ逃走3日目:被害体数37へ】

【フレッシュ焼肉!焼肉エンペラー!:ストーリー有限社】

【ノワールサンダー社100人ストライキ続く:原因はメタニューロンのバグか?】

【ズバッと解体!カタナ買うならアールビーティー】

【フリマサイトで急増する『記憶転売』:あなたの過去、誰が持ってる?】


コンマで流れ消えるニュースと広告群を横目に、おれはカレーうどんを食べる。今年で誕生990年目のカレーうどん。カレー、うどん、トロロ、米の四段構造はほとんどバイオ食品に置き換わった今でも変わらず、おれに安心を与える。


最後のバイオコシヒカリをフレッシュトロロとかき混ぜ、喉の奥へ送ったその時、ニュース記事を表示していたおれのベタホが通信画面に切り替わる。『ホイやん』。心配性なやつめ。


「もしもし?」

『センパイっ!どこで道草食ってるんすか?!』

「腹ごしらえよ。仕事前にしないと調子上がんないんよね」

『そのルーティン30分早かったら、私連絡することなかったんですよ?わかってます?遅刻してますよ』

「わかってるって。………これでほらゆるしてよ」

『フレッシュ豊満バストを私に見せたところで遅れてる事実は変わりませんよ。そもそもタイムカードは自動生成されますし、このように無駄な時間をとって金が減るのはセンパイ、貴方ですからね?』

「………ちぇっ、はーい行きますわね」


可愛げのない後輩だ。おれはまろびでたバストをしまい、店員に義満を握らせた。


「釣りはいらねぇ!!」


惚けた店員を無視して外へ。扉の先は白い雪のショーケースだ。乱雑に風情なく降り注ぐ雪をおれは駆け出す。さっき言ったキメ台詞を後悔しながら。


◇◇◇◇


ガンは治る病気だ。

腕が吹き飛んだ?金属もしくはバイオ肉の腕、どちらが好み?

ボケた脳をメタニューロンに変換しよう!あらゆる思考がクリアになります。


病も怪我も老いも克服した。無限の生を生きられる。誰もがそう錯覚したサードミレニアム時代。メガコーポとガバメントの狭間の中でおれ達の仕事は需要があった。


おれは降りている。階段の上、青いバイオ血液の海を踏みしめながら。一歩、また一歩、おれの義足が音を小さく立て、目の前の獲物へ近づく。


獲物はピアノを弾いていた。6個の手をつかって。ゆったりした風景を連想させるようなノスタルジックな曲である。死体だらけのコンサートホールでなければもっと良かっただろうに。


獲物はおれに気がついている。だが弾くことをやめない。舐められている………わけではないだろう。その証拠に、鍵盤を弾いていない残り2個の手はこちらへ銃口を突きつけていた。


『クラリネット』。悪趣味極まりない壊滅的デザインセンスから反比例する性能が特徴のハマヤ社製大型拳銃を二丁である。


おれは曲が終わるまで待った。あと一歩踏み込めばおれの間合いに獲物が入る。しかしこの曲は今しか聴けない。無粋な行動を抑制させるほどに素晴らしいものだ。


獲物、『ショウキ・マクハラ』は凄腕のピアニストだった。老いる脳をメタニューロンへ、肉体を軽金属の高級フレームに仕立てる事300年。磨き上げた技能を、積み上げた名声を、遂に投げ捨てた哀れな老人といえる。


曲が終わる。おれはショウキへ近づこうとしたが、それより速く『クラリネット』が火を吹いた。義足のおかげでギリギリ銃弾を避ける。おれの後ろ、複数の客席が白い綿を吹き出しミンチとかす。掠っただけでもひとたまりはない。


近づけないおれをよそにショウキは新たな楽譜を出した。やつは楽譜を捲るが鍵盤を弾かない。その代わり、おれに向かって引き金を弾いた。


7つの弾丸がおれを切り裂こうと迫る。あまりに速い!これを義足の力で避ける事はできないだろう。だからおれは両腕を構えた。下手な盾よりも信用できるアールビーティー製の合金腕。それはフレッシュなおれの胴体を弾丸から守る。


合金腕にあたりへしゃげた弾が地面に落ちた。それと同時におれは義足に仕込んだスプリングジャンパーを起動させる。ショウキはおれの体が急に大きくなったように思っただろう。予備動作ゼロの高速移動に対して明らかに狼狽えていた。


その隙は致命的だ。おれは掌から刃物を抜き出す。シャキンと空気を裂く刃物をショウキの首へ。鈍色の閃光を走らせること。それがショウキの首を刎ねた方法だ。


動かなくなった胴体を蹴飛ばして破壊しつつ、ゴロリと落ちるショウキの首を地面に触れる寸前でおれは受け止める。断面から垂れる合成血液をふき、おれのバックへ突っ込んだ。ピッタリとハマる。頭の拡張によって入らない時もあるから今回は助かったぜ。


あとはこの頭をメガコーポに持っていくことで、依頼は完了だ。かかった時間は4分33秒。奇しくもショウキがめくっていた楽譜の名と同じ。こいつおれとの戦闘を音楽にしようとしたのか?ピアニストの考える事は物騒だな。


コンサートホールの外に出ておれを出迎えたのはメガコーポの手厚い歓迎だ。数ある車の中で最も偉そうな黒いセントリーから降りてきたのはおれの依頼主である。これまた高級なフレッシュ革のスーツに身を包んでおり、自分の地位の高さをひけらかしていた。メカサングラスを指で押し上げた依頼人が口を開く。


「ご苦労でしたね。あなたようやりましたわ」

「お世辞は結構。さっと報酬を」

「せっかちな人だな。ほら受け取りゃあよ」


首を投げ渡すと依頼人はおれにスーツケースを投げてくる。中にはぎっしりと義満が詰まっていた。データが簡単に改変されるこの世の中、一番信用できる金はやはり現物だ!………ここから遅刻分が減ると思うと名残惜しい。


「ノワールブラック社も大変なのにようやるもんだ!」

「弊社の問題に口挟める立場じゃにゃーで黙っとけ」

「はい」


これ以上舌が滑るとおれの首も滑り落ちるな。口を合金の指で押さえたところ依頼人は満足したようにさっさとセントリーへ。そのままおれを置き去りにした。載せてくれたってバチ当たらないのになぁ………


いつの間にか、日が落ち、吐く息が白くなる。冬は寒いものだが、この常識もいつまで続くか?少しばかり恐ろしくなる。


常識は変わる。メタニューロンは完全無欠のサイボーグ技術と発明された当初考えられていた。一度施せば、無限に記憶を保ち、老いを超える。人類の夢とも言えた技術。だが、100年、200年と時間を経過すると皆おかしくなっていく。


詳しい原因はまだわかっていない。時間経過による劣化バグが最有力であるが。一つ言える事は、あのショウキもメタニューロンのせいで殺人機とかしたのだ。メガコーポは原因を探るため、おれたちに処理を依頼するのである。………まあ原因がわかったところでそれを発表するかは別だが。


永遠に、無限に続くもの。果たしてあるのだろうか?仕事前に食べたカレーうどん、現物の信用、冬の寒さ。それの不変性を担保するものは何もない。もしかしたら次の瞬間おれの腕がバグって爆発するかも?!


………訳わからないことを延々と考えている。しみったれた感想で悩むのはおれらしくない。好き勝手に生きて、好き勝手に死ぬ!無限なんか永遠なんか知ったことけぇ!


おれは笑いとばした、大きく。自分の悩みの無意味さを!ネオトヨハシはおれの笑い声を飾りつけるように巨大な音を立てた。随分と気がきくなぁ!


………いや、これはネオトヨハシの音じゃない。地鳴りと遠吠えだ。雪降る街に響く地鳴りは徐々に速く大きく、凶暴に響く。


ピタッと音が止まる。おれの身体が固まる。時間が澱む。目の前の獣が………吠える!


「ROARRRRR!!!」


バイオティラノ。ネオトヨハシ自然史博物館が生み出した古代のケダモノ。奴は180cmあるおれを簡単に見下ろす。ナイフのように鋭い歯がギラリと光り、ダラダラと涎が地面まで流れる。完全におれを餌に見ているようだ。


おれは両腕から刃を弾き出す。バイオティラノは怯まない。むしろ無駄な抵抗と言いたげに笑った気がした。なんと傲慢かつ横柄な態度だ!粉微塵にしてやる!義足に力を入れ、おれは空を蹴った!


◇◇◇◇


ネオトヨハシは今日も物騒だ。


絶滅したケダモノが蘇って人を食う。

300年生きたサイボーグが狂って人を殺す。

メガコーポは人を人と見做さず人権を犯す。


血と死が滲むこの街だが、おれは好きだ。一瞬すら油断できないネオトヨハシ。おれの無駄な悩みを吹き飛ばす最高の遊園地。おれが生きて死ぬまで、それが変わらぬことを願いたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロング・プレイヤーが終わる頃 スローダンサー @zandan0618

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ