貴女を殺したい。
春斗瀬
*
駅前の雑踏の中、私はひとり足を止めた。見上げた夜空が余りにも曇っていたから、墜ちてくる星の欠片すら見逃してしまいそうだと思って。
記憶にあるのは愛憎だった。
鈍く光る愛情と、鋭く暗い憎しみ。
それは海のようでも、青空のようでもあった。溶け合った境界線に滲む、詳らかな必然の結末。私はもう、どちらが海でどちらが空なのか、分からない。
貴女と出会う前の私は、渇望に揺れていた。
そこへ貴女はやって来た。何の前触れもなく。
白く透き通った陶磁のような肌、磨かれた瑪瑙のような黒い瞳、肩の辺りで綺麗に切り揃えられた漆のような髪、薄く紅を引いた薄桃色の唇——貴女という存在を構成する全てが、まるで初めから私の為だけに編み上げられているのではないかと錯覚するほど、理想を形にしたその姿に、私の心はいとも簡単に堕ちていった。
私と貴女は、確かに惹かれ合っていた。互いの間に引力があるように、何もかもが順調に進んでいた。愛情の矢印は互いにだけ向かっていた。ただ……向かい合っていたのは、それだけじゃなかった。
貴女を愛していた。けれどそれと同じくらい、貴女を憎んでいた。
殺してしまいたかった。
そうだ。私は貴女を殺したかった。
そしてその感情を持ったのは、私だけではなかった。いま思えば、貴女も私のことを殺したがっていたのだと分かる。あの鋭利な刃先を突き立てるかのような瞳の奥。薄暗い曇り空に紛れて、貴女は確かに殺意を向けてきた。
幾度も触れ合い、幾度も口付けを交わし、幾度も身体を重ねて、それでも——いや、だからこそ。殺意はより鋭く、重たいものへと変わっていった。
あぁ、貴女を愛している。愛しているから、殺してしまいたい。何も、自分だけのものにするためだとか、貴女を殺して私も死ぬだとか、そういう話じゃない。ただ純粋に、愛していたから殺したかった。私の——私たちの愛情は、殺意という形でしか表現されない、悲しいエンドロールが待っている
私は憶えている。あの肌の白さを。
私は憶えている。歯を突き立てた時の感触を。
私は憶えている。「愛してる」と囁いた時の貴女の愉悦の表情を。
だから私は、今でも探している。
貴女を、今でも探している。
貴女を殺したい。 春斗瀬 @haruse_4090
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