君の心の澱を溶かす、音織りの魔女と秘密の処方箋 ~耳から味わう、世界でひとつの音響菓子(サウンド・キャンディ)~【ASMR】【G’sこえけん】

旅する書斎(☆ほしい)

第1話

SE: 遠くから聞こえる街の喧騒。車の走る音、人々の話し声が混ざり合っている。

SE: 路地裏に入る。一歩足を踏み入れるごとに、喧騒が急速に遠ざかり、静寂が訪れる。自分の足音だけが響く。

SE: 古い木製のドアの前に立つ。ゆっくりとドアを開ける。キィ…という優しい軋み音。

SE: ドアベルの澄んだ音。カランコロン…。


(正面、少し離れた位置から、穏やかで澄んだ声)


いらっしゃいませ。『アウラル・アトリエ』へようこそ。

…ふふ、驚いた顔をしてる。無理もないわね。こんな路地裏の奥の、看板もないようなお店だもの。

よく、この招待状一枚でたどり着けたわね。えらい、えらい。


SE: 彼女がゆっくりとこちらに歩いてくる。柔らかいスリッパの足音と、衣擦れの音。


さ、中へどうぞ。外は冷えたでしょう?

…うん、やっぱり。手が少し冷たくなってる。

ここでは、コートも、気遣いも、心の鎧も、全部脱いでしまって大丈夫だから。

ゆっくりしていってね。


SE: ドアが静かに閉まる音。コツン、と鍵をかける音。外界の音が完全に遮断される。

SE: 店内には、様々なガラス瓶や鉱物が棚に並べられており、微かにキラキラ、チリン…と鳴るような幻想的な環境音が流れている。落ち着いた、寄せては返す波のようなアンビエントミュージックが微かに聞こえる。


私はノクターナ。このアトリエの主。『音織りの魔女』なんて呼ばれたりもしてる。

…魔女、なんて言うと、怖がらせちゃうかしら?

大丈夫。取って食ったりしないから。

むしろ、君に、美味しいものを食べさせてあげたくて、ここに呼んだんだから。


SE: 彼女が少し近づいてくる。ふわりと、ハーブか何かのお香のようないい香りがする。


ここが何のお店か、不思議に思ってる顔ね。

ここはね…『心の調律所』であり、『音の処方箋を出す薬局』…そして、『お菓子屋さん』でもあるの。

君みたいに、毎日を一生懸命頑張って、心にたくさんの音を溜め込んでしまった人のための、秘密の隠れ家。


さ、そこの椅子に座って。

…うん、そこ。ふかふかでしょう?

私の特等席なの。君のために、とっておいた。


SE: 深く、柔らかなソファに腰を下ろす音。ふさっ、という布の沈む音。


さて…。

君がどうしてここに呼ばれたのか、少しずつ、お話ししていきましょうか。

まずは、君のこと、少しだけ教えてくれる?

…なんて、言ってもね。君が言葉にする必要はないの。

私には、聴こえるから。君の心が奏でる、本当の音が。


(正面から、少し近づいて、椅子に腰かける音)


少し、失礼するわね。

君の『心のノイズ』…私が聴かせてもらうわ。

怖がらなくていいのよ。ただ、耳を澄ませるだけ。

君の許可なく、心の中に土足で踏み込んだりはしない。

ただ、君がどんな音に疲れて、どんな音を求めているのか…それを知りたいだけなの。


SE: 彼女が、古びた木箱をテーブルに置く音。カタン。

SE: 箱の留め金を外す音。パチリ。中から、何かを取り出す。


これは、『魂の音叉』。

心の周波数にだけ反応する、特別な音叉なの。

これを鳴らすとね、君の心の輪郭が、私に見えるようになる。


(彼女が立ち上がり、リスナーの周りをゆっくりと歩き始める。足音が右から左へ、後ろへと移動する)


じゃあ、いくわよ。

リラックスして。深く、息を吸って…。

…そう。吐いて…。

上手よ。


SE: キーン…という、非常に澄んだ、長く尾を引く音が鳴り響く。音はリスナーの頭の周りをゆっくりと一周する。右耳から後頭部を通り、左耳へ。そして正面へ。


…なるほど。

うん…うん…。

聴こえてきたわ。

君の心、今、たくさんのノイズでいっぱいね。

ガラスの表面に、びっしりと細かいヒビが入っているみたい。

ピリピリ、チリチリ…って、悲鳴を上げてる。


(右耳のすぐそば、囁き声で)


上司の、棘のある言葉の音。

満員電車の、不協和音。

SNSで流れてくる、誰かのキラキラした生活の音と、自分の現実を比べる音…。

そういう、尖った音の破片が、たくさん刺さってる。

痛かったでしょう。…辛かったわよね。


(少し離れて、正面に戻る)


それに…一番奥の方からは、もっと悲しい音がする。

『本当は、こうしたい』

『本当は、こうなりたい』

…そういう、君自身の、か細い本音の音が、たくさんのノイズに掻き消されそうになってる。

…うん。もう、大丈夫。

私が、そのノイズ、全部綺麗にしてあげる。


SE: 彼女が再び木箱を漁る。今度は、聴診器のようなものを取り出す。


これは、『心の聴診器』。

音叉で視た輪郭の、さらに奥…君の魂の、一番深いところの音を聴くためのもの。

ちょっと、冷たいかも。ごめんね。


(左耳元へ移動。衣擦れの音)


失礼します…。


SE: 聴診器のひんやりとした金属部分が、左胸あたりにそっと当てられる。リスナー自身の、トクン、トクン…という心音が微かに、しかしはっきりと聞こえる。


…ふふ。

綺麗な心臓の音。

一生懸命、君を生かそうとしてくれてる。健気な音ね。

でも…少しだけ、リズムが速いかな。

緊張してる? それとも、ずっと、何かに急かされてるみたいに、走り続けてきたのかしら。


(聴診器を当てたまま、右耳元へ移動。囁きで)


大丈夫。

もう、走らなくていいの。

ここでは、世界で一番、ゆっくりしていい場所だから。

君の心臓も、安心して、お休みさせてあげましょうね。


SE: 聴診器を離す音。


はい、ありがとう。

よく、聴かせてくれました。

君の心の状態、しっかり、わかりましたから。

診断は、終わり。

これから、君のためだけの『処方箋』を、私が作ってあげる。


(正面に戻り、少し楽しそうな声で)


私の作るお薬はね、飲むんじゃないの。

…『聴く』お薬。

そして、『食べる』お薬。

その名も、『音響菓子(サウンド・キャンディ)』。

君の心のノイズを調律して、君が一番心地いいと感じる音を、ぎゅーっと詰め込んだ、世界でたった一つの、特別な飴玉。

さあ、これから、君のためだけに、錬音をはじめましょうか。


SE: 彼女が立ち上がり、アトリエの奥にある作業台へと向かう。様々なガラス器具や道具が並んでいるのが音でわかる。


まず、君の心を覆っている、硬くて冷たいノイズを溶かすためのベースを作りましょう。

必要なのは、『安らぎの月光』。


SE: ガラスの棚から、大きな瓶を取り出す音。ことん。

SE: 瓶のコルク栓を、きゅぽん、と抜く音。


これは、満月の夜にだけ汲むことができる、特別な泉の水。

あらゆる緊張を、優しく解きほぐす力があるの。

聴いていて。この音。


SE: 粘性の高い、とろりとした液体が、ガラスのビーカーに注がれる音。トクトク、トポトポ…と、低く、心地よい音が響く。


どう?

心が、少し、静かになっていくような気がしない?

…ふふ、そうでしょう。


次は、心に刺さった棘を、優しく砕いてくれる材料。

『憂いを砕く星の砂』。


SE: 小さな木箱の蓋を開ける音。中から、サラサラとした砂のようなものが入った袋を取り出す。

SE: 袋から、陶器の乳鉢へ、星の砂を注ぐ音。サラサラサラ…。


これは、流星が燃え尽きる瞬間にだけ生まれる、輝く砂。

どんなに硬い憂鬱も、悲しみも、これですり潰せば、キラキラのパウダーに変わってしまうの。


SE: 乳鉢を、すりこぎで丁寧にすり潰し始める。ゴリゴリ…シャリシャリ…と、硬質でありながら、どこか耳に心地よい、リズミカルな音が続く。


君を傷つけた、たくさんの言葉たち。

思い出して、辛くなる記憶たち。

大丈夫。

こうして、私が全部、細かく、細かく、砕いてあげる。

もう、君を傷つける力なんて、ない、ただの綺麗な砂になるだけ。


(右耳に近づいてきて、囁きで)


ほら。

もう、怖くないでしょう?


(再び作業台に戻る)


SE: ゴリゴリ…シャリシャリ…という音がしばらく続き、やがて、サラ…という、非常に粒子の細かい音に変わる。


うん、いい感じ。

すっかり、角が取れて、丸くなったわ。


さあ、次は、一番大事な工程。

君の心の、一番奥にある、か弱ってしまった『本音の音』。

それに、栄養を与えてあげなくちゃ。

使うのは、これ。『優しい記憶の結晶』。


SE: ベルベットの布に包まれた何かを取り出す。布が擦れる音。

SE: 包みの中から現れたのは、光を受けてキラキラと輝く、琥珀糖のようなお菓子。


綺麗でしょう?

これは、人々が忘れてしまった、暖かくて優しい記憶たちが、長い時間をかけて結晶になったもの。

誰かに頭を撫でられた記憶。

温かいココアを飲んだ時の、ほっとした気持ち。

そういう、陽だまりみたいな記憶の欠片。


SE: 彼女は、その結晶を指でつまむ。


君には、どの記憶がいいかしら…。

…うん、これにしましょう。

『大丈夫だよ』って、誰かに、ただ、抱きしめてもらった時の記憶。


SE: 指先に力を込める。カリッ…!シャリッ…!と、琥珀糖が砕ける、非常にクリアで心地よい音が響く。


SE: 砕けた欠片を、先ほどの星の砂のパウダーが入った乳鉢に加える。カラン、コロ…と軽い音。


これで、ベースはできたわ。

次は、これを混ぜ合わせて、君だけの『音』を錬成していく。


SE: ビーカーに入った『安らぎの月光』を、乳鉢に注ぎ入れる。トクトクトク…。

SE: ガラス棒で、ゆっくりと、丁寧に混ぜ合わせる音。シャラシャラ…コロコロ…と、液体と個体が混ざり合う、複雑で美しい音が響く。


だんだん、混ざり合ってきたわね。

君の心のノイズが溶けて、優しい記憶と混ざり合って…新しい、君だけの癒しの音に、生まれ変わっていく。


SE: 混ぜ合わせた液体を、小さな銅製の鍋に移す。

SE: 鍋を、特殊なランプ(アルコールランプのようなもの)にかける。シュッ、ボッ、と火が灯る音。


ここからは、火の力を使って、音を凝縮させていく。

焦がさず、急がず、ゆっくり、ゆっくりと。


SE: 鍋が温まり、中身が静かに煮詰まっていく音。コポコポ…クツクツ…と、小さな泡が弾ける音が、静かなアトリエに響き渡る。


(囁くように、歌うように)


おやすみ、おやすみ、尖ったこころ。

まぁるくなぁれ、まぁるくなぁれ。

おやすみ、おやすみ、疲れたからだ。

ゆるりとなぁれ、ゆるりとなぁれ。


SE: コポコポ…という音に混じって、彼女の優しいハミングが聞こえる。


…うん。

いい色になってきた。

君の心の色。

夜明け前の、静かな空の色。

とても、綺麗。


SE: ランプの火を消す音。ふっ。

SE: 煮詰まった液体を、小さな飴玉の型に、とろり、と流し込む音。


さあ、最後の仕上げ。

私の、魔法の息を、ふーって。


(左耳元で、優しく息を吹きかける音。ふぅー…)


SE: 息を吹きかけられた瞬間、飴が一瞬で固まる。カキン!という、ガラスが鳴るような澄んだ音。


はい、できた。

完成よ。

君のためだけの、『音響菓子(サウンド・キャンディ)』。


(彼女が作業台から戻ってくる。手には、小さな銀のトレイ。その上に、夜空の色をした小さな飴が一つ乗っている)


SE: トレイを、リスナーの前のテーブルに置く音。ことり。


綺麗でしょう?

中に、星の砂がキラキラしてる。

さあ、どうぞ。

お口を開けて。


(彼女が飴を指でつまみ、リスナーの口元へそっと運んでくる)


あーん…。


SE: 飴が口の中に入る。カチリ、と歯に軽く当たる音。

SE: 口の中で飴が転がる、微かな音。


さあ、ゆっくり、味わって。

目を閉じて。

耳を澄ませてみて。

キャンディが、君の心に、直接語りかけてくるから。


SE: 口の中で、飴がゆっくりと溶け始める。最初は静かだが、徐々に、シュワシュワ…パチパチ…という、微かな炭酸が弾けるような音が、頭の内側から響いてくる。まるで、脳内で直接ASMRを聴いているような感覚。音は左右の耳の間をランダムに行き来する。


…聴こえる?

これが、君のために調律された、癒しの音。

心の棘を溶かす音。

頑張りすぎた身体を、緩める音。

『そのままでいいんだよ』って、君自身を肯定する音。


(囁き声で、右耳元へ)


シュワシュワ…って、不安が溶けていく。

パチパチ…って、新しい元気が生まれてくる。

大丈夫。

大丈夫よ。


(キャンディの音が続く中、彼女がさらに近づいてくる)


ちゃんと効いてるか、確かめさせてね…。

君の耳、少しだけ、お掃除させて。

キャンディの音が、もっと、心の奥まで届くように。


SE: 彼女が、また別の小さな箱を開ける。中には、鳥の羽でできたような、ふわふわの耳かきが入っている。

SE: 羽の耳かきを取り出す音。


これは、『微睡鳥(まどろみどり)』の羽でできた耳かき。

この羽に触れられた者は、心地よい眠りに誘われるって、言い伝えがあるの。


(右耳に、そっと耳かきが入ってくる。囁きで)


まずは、右のお耳から。

失礼します…。


SE: ふわふわ、カサカサ、コソコソ…。羽が耳の表面を優しく撫でる音。非常に繊細で、くすぐったいような、心地よい音。


どう?

気持ちいい…?

ふふ、よかった。

耳の入り口の、細かい産毛を、優しく、優しく、撫でて…。

今日の疲れ、全部、掻き出してあげるからね。


SE: カサカサ…コソコソ…。耳かきの音が続く。時々、カリ…と、小さな耳垢が取れるような音が混じる。


あ、ここに、いた。

君を疲れさせてた、頑固なノイズの塊。

よし、取れた。


SE: 耳かきを一旦出し、ティッシュに置く音。ことり。


綺麗になったわね。

じゃあ、今度は、左のお耳。


(左耳へ移動。囁きで)


反対側も、失礼しますね…。


SE: 左耳に、そっと耳かきが入ってくる。再び、ふわふわ、カサカサ、コソコソ…という羽の音。


こっちのお耳も、頑張ったのね。

聞きたくないことも、たくさん、聞いてきたんでしょう?

もう、大丈夫。

これからは、君が聞きたい、心地いい音だけを、選んでいいのよ。


SE: カサカサ…コソコソ…。

SE: カリ…。


はい、こっちも、取れました。

これで、両方のお耳、すっかり綺麗になったわ。

音響菓子の効果も、もっと、深くまで届くはず。


(耳かきを箱にしまう音)


仕上げに、マッサージしてあげる。

耳にはね、たくさんのツボがあるの。

ここを、優しく揉んであげると、身体中の力が、ふーって抜けていくから。


(両手で、左右の耳を優しく包み込むように触れる。衣擦れの音)


SE: 指の腹で、耳たぶを優しく、くにくに…と揉む音。

SE: 耳の軟骨を、ゆっくりと、なぞるようにマッサージする音。


(囁きで)


気持ちいい…?

君の耳、すごく、柔らかい。

素直で、優しい耳をしてる。

だから、色んな音を、拾いすぎちゃうのね。

これからは、私が、盾になってあげる。

君が、傷つかないように。


SE: マッサージの音が続く。

SE: 最後に、頭を優しく、よしよし、と撫でる音。髪が擦れる、柔らかい音。


…ふふ。

見て。

あんなにピリピリしていた君の心の輪郭が、今は、穏やかな光に包まれてる。

飴も、すっかり溶けたみたいね。

もう、眠そうだ。


(彼女がそっと立ち上がり、少し離れる)


今日は、よく、ここまで来てくれました。

たくさん、頑張ったものね。

もう、何も考えなくていいの。

ただ、この温かい静寂に、身を委ねて。


SE: 彼女が、部屋の隅にあるブランケットを取りに行く。柔らかい布が擦れる音。

SE: リスナーの身体に、そっとブランケットをかける音。ふわり。


温かいでしょう?

ゆっくり、おやすみ。

君が見る夢が、優しい音色で満たされていますように。


(さらに遠ざかり、ドアの方へ向かう足音)


また、いつでもおいで。

心が疲れたら、ノイズでいっぱいになったら、このアトリエのことを思い出して。

君の音は、いつでもここで待ってるから…。


おやすみ。

…いい夢を。


SE: 遠くで、ガラスの風鈴が、ちりん…と一度だけ鳴る。

SE: その音の余韻が、ゆっくりと、ゆっくりと、消えていく。

SE: 完全な静寂。


***


SE: 柔らかな羽毛布団が擦れる音。ふわり、かさ…。遠くで、ちりり…と澄んだベルの音が鳴っている。


(すぐそばから、穏やかで優しい声)

…ん…。

おはよう。

よく眠れたかしら?


SE: 彼女が椅子からそっと立ち上がる。衣擦れの音。


ふふ、まだ眠そうね。無理もないわ。

君の心、昨日は大掃除をしたばかりだもの。

疲れたでしょう。

さ、急がなくていいのよ。ゆっくり、身体を起こして。


SE: 君がゆっくりと身体を起こす。ベッドのスプリングが軋む、優しい音。


お目覚めの、白湯をどうぞ。

レモングラスを少しだけ浮かべておいたわ。

心が、すっきり晴れ渡る香りよ。


SE: 温かいカップが、ことり、とサイドテーブルに置かれる音。


昨日のこと、覚えてる?

君のためだけの『音響菓子』。

君を縛っていた、たくさんのノイズを溶かす、特別な飴。

…うん。その顔は、ちゃんと効果があったみたいね。

あんなに強張っていた君の表情が、今はとても穏やかだもの。


SE: 彼女が少し離れ、アトリエの棚を整理し始める。ガラス瓶が軽く触れ合う音。


でもね、治療はまだ、終わりじゃないの。

むしろ、ここからが始まり。

ノイズが無くなった君の心は今、とても静かで、綺麗で…そして、少しだけ『空っぽ』のはずだから。


SE: 彼女がこちらに戻ってくる足音。


さあ、もう一度、君の音を聴かせてくれる?

昨日使った、この子で。


SE: テーブルの上に、カタン、と木箱が置かれる。パチリ、と留め金が外れる音。

SE: 『魂の音叉』が取り出される。


怖がらなくていいわ。

昨日みたいに、君の周波数を視るだけ。

今の君が、どんな音色を奏でているのか…私に教えて。


SE: 彼女が立ち上がり、君の周りをゆっくりと歩く。

SE: キーン…という、澄んだ音叉の音が鳴り響く。音は君の頭の周りをゆっくりと一周する。


…そう。

やっぱりね。

昨日のような、耳障りなノイズはすっかり消え去ってる。

ガラスのヒビも、綺麗に修復されてるわ。

今の君の心は、まるで、磨き上げられた水晶玉のよう。

どこまでも、透明で…。


(左耳のすぐそば、囁き声で)

でも…中心だけが、ぽっかりと、穴が空いたみたいになってる。

音が、何もない。

『無音』なの。


(正面に戻って、少し心配そうな声で)

これはね、悪いことじゃないのよ。

ただ、君を覆っていた分厚いノイズのせいで、君自身の『本当の音』が、ずっと息を潜めていた証拠。

今はまだ、どうやって鳴ったらいいのか、分からなくなっているだけ。

か細すぎて、私にもまだ、聴こえないだけなの。


さあ、どうしましょうか。

このままでも、君は前よりずっと楽に生きていけるはず。

でも…せっかくここまで来たんだもの。

その『空っぽ』を、君だけの『大好き』で、満たしてあげたくない?

君が本当に奏でたかった音、一緒に、探しに行きましょう。


SE: 彼女が君の手を優しく取る。


ついてきて。

このアトリエの、もう少し奥。

秘密の場所に、案内してあげる。


SE: 彼女に導かれて、ソファから立ち上がる。

SE: アトリエの奥、カーテンに隠された扉の前で立ち止まる。

SE: 彼女が重厚な真鍮の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む音。カチャリ。

SE: ゆっくりと鍵を回す。ゴゴゴ…という重い石の扉が開く音。ひんやりとした空気が流れ出てくる。


ここは、『記憶の図書室』。

人々が、大人になるにつれて忘れてしまった…たくさんの『可能性の音』が眠る場所。


SE: 部屋に一歩足を踏み入れる。そこはドーム状の空間で、壁一面が天井まで続く棚になっており、無数の小さなガラス瓶が星のように輝いている。自分の声が、わずかに反響する。

SE: 古い紙と、乾燥したハーブのような、不思議で落ち着く香りがする。


綺麗でしょう?

この一つ一つの瓶の中に、『音の原石』が封じ込められているの。

『もしも、あの時、あきらめていなかったら』

『もしも、あの時、違う道を選んでいたら』

そういう、輝かしい未来になったかもしれない、たくさんの音がね。


もちろん、君の『音の原石』も、このどこかにあるはずよ。

君が、心の奥の奥にしまい込んで、存在すら忘れてしまった、大切な願いの音が。


SE: 彼女が、壁際に立てかけられた大きな木製の梯子に手をかける。

SE: シュルルル…と、梯子がレールの上を滑らかに移動する音。


さあ、どれかしら。

君の心と共鳴する瓶は…。

少し、ここで待っていて。


SE: 彼女が軽やかに梯子を登っていく。木の軋む音。

SE: 棚の高い場所で、彼女がガラス瓶を一つ一つ、指でなぞる音。チリン、チリン…。


うーん…これかな?

いや、こっちかしら…?

ふふ、宝探しみたいね。


SE: 彼女がいくつかの瓶を手に取り、梯子を滑り降りてくる。

SE: 君の前に、三つの小さなガラス瓶を並べる。ことり、ことり、ことり。


さあ、耳を澄ませて。

瓶の蓋を、少しだけ開けるから。

中から聴こえる音を、感じてみて。


まずは、一つ目。

これは、『誰かを笑顔にしたかった音』の原石。


SE: 一つ目の瓶のコルク栓を、きゅぽん、と抜く。

SE: 瓶の中から、子供たちの楽しそうな笑い声や、「ありがとう」という優しい声が、微かに、シャボン玉のようにあふれ出てくる。


どう?

心が、少し、温かくなるでしょう?


じゃあ、次。二つ目。

これは、『自由に世界を旅したかった音』の原石。


SE: 二つ目の瓶のコルク栓を抜く。

SE: 瓶の中から、船の汽笛の音、風が帆をはらむ音、知らない国の市場の賑わい、鳥の羽ばたきの音が、風のように吹き出してくる。


ワクワクする音ね。

君の知らない世界が、君を待っている音。


そして、三つ目。

これは…『何かを創り出したかった音』の原石。


SE: 三つ目の瓶のコルク栓を抜く。

SE: 瓶の中から、鉛筆が紙を走る音、トントンと木を彫る音、ピアノの旋律を確かめる音、カシャ、カシャという機織りの音…何かを生み出す、静かで集中した作業音が聴こえてくる。


君の心が、一番、惹かれるのはどの音?

…言葉にしなくていいのよ。

君の心が、教えてくれるから。

そっと、惹かれる瓶に、指で触れてみて。


SE: 君が、三つ目の瓶にゆっくりと指を伸ばす。

SE: 指が触れた瞬間、瓶が、ぽうっ…と温かい光を放つような、幻想的な共鳴音が響く。キィィン…。


(嬉しそうな声で)

…これね。

そう。君の魂が、覚えてた。

君は、何かを、自分の手で、この世界に生み出したかったのね。

それが何なのかは、まだ分からない。

でも、大丈夫。

これから、育てていけばいいんだから。


さ、その大切な原石を持って、作業台へ行きましょう。

今夜は、君のためだけの『音響庭園(サウンド・ガーデン)』を、一緒に作りましょうね。


SE: 記憶の図書室の重い扉が閉まる。

SE: アトリエ中央の作業台に、ガラス瓶を置く。ことり。


今回の処方はね、昨日みたいに食べるものじゃないの。

君が、君自身の力で、これから『育てる』もの。

そのための、最初の『芽』を、今から錬音するわ。


SE: 彼女が棚から、ガラスでできたテラリウムのような、丸い容器を取り出す。

SE: 容器を布で優しく拭く音。キュッ、キュッ。


まずは、この庭園の土台から。

これは、『静寂の土』。

どんな喧騒の中でも、自分の内なる声だけを聴くことができるようになる、特別な土よ。


SE: 大きな袋から、スコップで土をすくい、ガラス容器に入れる。

SE: サラサラサラ…と、非常に粒子の細かい、湿り気のある砂が落ちるような、心地よい音が響く。


聴いていて。

この音だけでも、心が落ち着いてくるでしょう?

君の庭園は、いつだって、安らげる場所じゃなくちゃね。


SE: 土を平らにならす音。


よし。

じゃあ、主役の登場。

君が選んだ、『音の原石』。

この土の真ん中に、そっと、置いてあげて。


SE: 君が、ガラス瓶から原石を取り出す。

SE: 原石を、土の上に置く。ことり、と、石が柔らかな土に触れる、ごく小さな音。


うん、上手。

でも、これだけじゃ、芽は出ないの。

栄養を、あげなくちゃ。

君が、これから何かを創り出すための、最初のエネルギーを。


SE: 彼女が、小さな青い小瓶と、ガラスのスポイトを取り出す。

SE: 小瓶の蓋を開け、スポイトで液体を吸い上げる音。ちゅぽ…。


これは、『励ましの雫』。

君が今まで、誰にも気づかれなくても、たった一人で、歯を食いしばって頑張ってきた…その努力の結晶。

涙なんかじゃないわ。君が流した、尊い汗が集まって、こんなに綺麗な雫になったの。


SE: スポイトの先端を、原石の真上に持ってくる。

SE: 一滴、また一滴と、雫が原石の上に落ちていく。

SE: ポタリ…。シュワァ…。

SE: ポタリ…。シュワァ…。

SE: 雫が原石に染み込み、土に吸収されていく、繊細で瑞々しい音。


(右耳元で、囁きながら)

頑張ったね。

えらかったね。

誰も見ていなくても、私は、知ってるよ。

君のその手は、たくさんのことを、乗り越えてきたんだから。


(作業台に戻る)

さあ、土も潤って、原石も、芽吹く準備ができたみたい。

最後の仕上げよ。

この子が、安心して芽を出せるように、私が、子守唄を歌ってあげる。


SE: 彼女がガラス容器に両手を添え、そっと顔を近づける。

SE: 彼女の優しいハミングが、すぐ近くで聴こえる。その声が、ガラス容器の中で柔らかく反響し、不思議な音響空間を作り出す。


(囁くように、歌うように)

おいで、おいで、小さな願い。

こわがらなくて、いいんだよ。

ここは、君だけの庭。

優しい光と、音の中。


SE: ハミングが続く。

SE: すると、土の中心から、ピシッ…!と、何かが割れるような、澄んだ音が響く。

SE: 続いて、もぞもぞ…と、土が持ち上がる小さな音。

SE: ポンッ、と可愛らしい音を立てて、小さな双葉の芽が顔を出す。

SE: その双葉は、まるでガラス細工のように透き通っていて、風に揺れるたびに、キラキラ…チリン…と、小さなベルのような音を奏でている。


(息をのむような、優しい声)

…!

見て。

生まれたわ。

君だけの、『希望の芽』が。


おめでとう。

なんて、綺麗で、力強い音色なんでしょう。

これが、君の、本当の音。


でもね、この子は、この庭園の中だけじゃ、大きく育つことはできないの。

君の、すぐそばで。

君の、心臓の音を聴きながら。

君と、一緒に生きていきたいって、言ってる。


だから…少しだけ、失礼するわね。

この子を、君の耳に、お引越しさせてあげる。


SE: 彼女が、先端が羽のように柔らかい、特殊なピンセットを取り出す。

SE: ガラス容器の中にピンセットを入れ、希望の芽を、根元の土ごと、そっと、優しく摘み取る。


大丈夫。痛くしないから。

むしろ、少し、くすぐったくて、気持ちいいかもしれない。

さあ、少しだけ、頭を傾けて。


(左耳元へ移動。衣擦れの音)

失礼します…。

君のお耳の中に、小さな、小さな、庭園を。


SE: ピンセットが、左耳にそっと近づいてくる。

SE: 耳の入り口に、芽の根元についていた、ひんやりとした土が触れる。

SE: もぞ…もぞもぞ…。芽が、耳の奥へと、そっと植え付けられていく、くすぐったいような、不思議な感覚の音。耳の中で、チリン…とベルが鳴る。


…うん。

入ったわ。

どう? 違和感はない?

ふふ、よかった。

この子が、君の耳に、しっかりと根を張ったみたい。


これからはね、外から聞こえるノイズじゃなくて、この、君の内側から響いてくる、小さなベルの音に、耳を澄ませてみて。

君が道に迷った時、どうしたらいいか分からなくなった時、この子が、正しい方向を、音で教えてくれるから。


さあ、仕上げに、この子がしっかり根付くように、特別なケアをしてあげましょう。


SE: 彼女が、また別の小さな箱を開ける。

SE: 中から、温められた小さな壺と、鳥の羽でできた刷毛を取り出す。


これは、『夢見鳥(ゆめみどり)』の羽の刷毛と、『月光草』から採れた温かいオイル。

君の希望の芽が、健やかに育つように。

そして、君自身が、自分の心の音を、もっと愛せるように。


(左耳元で、囁きながら)

オイル、少し、垂らすわね。

温かくて、気持ちいいわよ…。


SE: 温かいオイルが、耳の入り口に、とろり…と注がれる。

SE: オイルが耳の壁を伝って、奥へと流れていく、くぷくぷ…じゅわぁ…という、深く、心地よい音。

SE: 耳の奥で、希望の芽が、キラキラ…と嬉しそうに鳴っている。


(オイルを馴染ませるように、羽の刷毛で、耳の中を優しく撫でる)

SE: ふわ…さわさわ…こしょこしょ…。オイルと刷毛が混じり合う、滑らかで、とろけるような音。


この芽はね、君が『楽しい』とか、『嬉しい』とか、『好きだ』って感じる気持ちを、栄養にして育っていくの。

だから、これからは、自分の『好き』を、たくさん、たくさん、見つけて、この子に与えてあげて。

綺麗なものを見たり。

美味しいものを食べたり。

心地よい音楽を聴いたり。

どんなに、些細なことでもいいの。

君の心が、きゅん、て喜ぶこと、全部が、この子の栄養になる。


SE: さわさわ…という刷毛の音が続く。


じゃあ、反対のお耳もね。

右のお耳が、やきもちを焼いちゃうから。


(右耳へ移動。囁きで)

こっちも、失礼しますね…。


SE: 右耳にも、温かいオイルが、とろり…と注がれる。

SE: くぷくぷ…じゅわぁ…。

SE: 羽の刷毛で、優しく、撫でられる。ふわ…さわさわ…こしょこしょ…。


焦らなくていいのよ。

君のペースで、ゆっくり、ゆっくり、育てていけばいい。

いつか、この小さな芽が、君の頭の中いっぱいに広がる、大きな大きな、世界樹になる日まで。

君だけの音を、世界中に響かせる、豊かな森になる日まで。

私は、ずっと、ここで見守っているから。


SE: 刷毛の音が止まる。

SE: 仕上げに、両手で、左右の耳を優しく包み込むように、マッサージする。

SE: 指の腹で、耳たぶを、くにくに…。軟骨を、こりこり…。


はい、おしまい。

お疲れ様。

とても、いい音になったわ。

君の心臓の音と、希望の芽のベルの音が、綺麗に重なり合ってる。


SE: 彼女がそっと離れ、アトリエの入り口のドアへ向かう。


さあ、もう行かなくちゃ。

君の日常が、君を待っているわ。

でも、大丈夫。

もう、君は一人じゃない。

君の中には、君だけの庭園があるんだから。


SE: ドアの鍵を開ける音。カチャ。

SE: ゆっくりとドアが開く。キィ…。外から、街の音が流れ込んでくる。でも、それは昨日聞いたような不協和音ではなく、どこか遠い場所で鳴っている、背景の音楽のように聞こえる。


行ってらっしゃい。

君の庭園に、どんな素敵な花が咲くのか、私、楽しみにしているわ。

もし、水やりが必要になったり、元気がなくなったりしたら…また、いつでもおいで。

このアトリエは、いつだって、君のために開いているから。


SE: 君が一歩、外へ踏み出す。

SE: 自分の足音が、昨日よりも少しだけ、軽く、弾んでいるように聞こえる。

SE: 耳の奥で、チリン…と、希望の芽が、可愛らしい音を立てた。


(遠ざかる声で、優しく)

…いい一日を。


SE: ドアが、ゆっくりと閉まる。

SE: 街の喧騒の中を歩き出す、君の足音。

SE: その足音に重なるように、耳の奥から、キラキラ…チリン…という、小さくも確かな、希望のベルの音が、ずっと、鳴り響いている。

SE: その音の余韻が、ゆっくりと、世界に溶け込んでいく。

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君の心の澱を溶かす、音織りの魔女と秘密の処方箋 ~耳から味わう、世界でひとつの音響菓子(サウンド・キャンディ)~【ASMR】【G’sこえけん】 旅する書斎(☆ほしい) @patvessel

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