第12話 誰にも言えなかったこと

杉見未希

第12話 誰にも言えなかったこと

雨の日の喫茶店で、

美羽はずっと胸にしまっていた過去を初めて打ち明ける。


そして拓真も、自分の弱さを話しはじめる。

弱さを共有することで、ふたりの信頼はさらに深まっていった──。



その日、ふたりはいつもの喫茶店にいた。

窓際の席で、レコードの音が静かに流れている。


外は小雨が降っていて、店内の空気は少し湿っていた。

美羽はミルクティーを見つめながら、

心の奥にずっとしまっていたことを思い出していた。


拓真が、ふと問いかける。


「片下さん……学校の頃、音がしんどかったって言ってましたよね」

「うん……笑い声とか、チャイムの音とか……全部、うるさくて苦しくて」

「そのとき、誰かに言えなかったんですか?」


美羽は少し迷ったあと、カップを両手で包み込みながら、

ゆっくりと言葉を探した。


「言えなかった。変だって思われるのが怖かったし、

先生に話しても、“気にしすぎだよ”って笑われて……。

それから、人に頼るのが怖くなったの」



拓真は黙って頷いた。

否定も、無理に励ます言葉もなかった。

ただ、美羽の言葉を最後まで静かに受け止めていた。


しばらく沈黙が続いたあと、

拓真が少し視線を落として言った。


「……僕も、同じです」


美羽は顔を上げた。

拓真は少し笑おうとしたけれど、どこか切ない表情だった。


「僕も、人が多いところや音が苦手で、でも誰にも言えなかった。

職場でも無理して、体調を崩して、気づいたらひとりで抱え込んでて……。


だから、片下さんが言ってくれたとき、

あ、同じなんだって思って……ほっとしたんです」



美羽は胸の奥がじんわりとあたたかくなった。

自分だけじゃなかった。


“分かってくれる人”が本当にいるのだと、

初めて実感した瞬間だった。


「……ありがとう。話してくれて」

「こっちこそ、話してくれてありがとうございます」


ふたりは小さく笑い合った。


レコードのやわらかな歌声が、

まるでふたりをやさしく包んでくれているようだった。

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第12話 誰にも言えなかったこと 杉見未希 @simamiki

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