第3話

石造りの訓練場に、朝の冷たい空気が満ちていた。

高い城壁に囲まれた広場。

地面は砂が敷き詰められ、鉄の臭いが薄くだが漂っている。

そこに集められたのは昨日まではただの高校生だった転移者、基勇者候補全員だった。


彼らはまだ自分たちのことを『勇者候補』と呼ばれることに馴染めないでいる。

教室から強制的に転移させられ血と咆哮を間近で見せられた昨夜。

夢であってほしいと願い目を瞑った。

それでも無慈悲に明日はやってきた。


「よく聞け」


号令をかけたのは、鋼の鎧を纏った教官と呼ばれる男。

筋骨隆々とした体躯。

片眼には傷跡。

歴戦の兵士であることは一目見ればわかるだろう。


「貴様らは勇者候補。いずれそう遠くないうちに戦場に立つことになるだろう。だが今の貴様らは武器を握ったことがない子供だ。まずは武器になれろ。武器を取れ」


訓練場の中央には、剣、槍、弓、盾などが無造作に並べられていた。

生徒たちは互いに目を合わせた。

震える手で剣を握る者。

首を横に振り、「無理だ……」としり込みする者。


「おれたちは、もうやるしかないんだ……」


混乱が走る中、クラスの中心にいた青年。

今期の『勇者』と呼ばれた彼が剣を取った。

それを見て覚悟を決めたのか、みな各々武器を手に取った。





+ + +


その光景を少し離れた石段から眺めている者がいた。

―—ノエルである。


黒のシスター服を身にまとい、片手に煙草。

だるそうに足を組み、紫煙を吐きながら無気力な目で勇者候補を見下ろしていた。


(剣握っても戦えるわけじゃない。ガキのおままごとかよ)


口には出さないが、心底ばかにしている。

兵士たちと共に見ていたが、緊張する兵士に少し笑って見せた。

もっと緊張が酷くなった。

スンと表情を消すと、ノエルはまた勇者たちを見ることにした。




+ + +


「——始め!!」


教官の声とともに打ち込みが始まった。

木製の人形が訓練場に引き出され、それに対して打ち込むという子供用の訓練である。


「はぁああああぁっ!!」


震える声とともに剣が振り下ろされる。

ぎこちない。

刃は浅く木に食い込むが、切り落とすまではいかず手首を痛め思わず落としてしまう生徒もいた。


教官はそれぞれにアドバイスをして回っていた。


『もっと腰を落とせ』

『その手は斬られたいのか? なんなら今から切り落としてやろうか?』

『構えはこうだ』

『詠唱はリズムだ』

『精霊に力を借りるのだ。対話を目的とした詠唱をしろ』

『なるべく詠唱は短く』

『武器は何があっても落とすな』


泣き言を言っている暇などない。

いつまた昨日のように魔物が襲ってくるのか分からない。

それに魔王もいつ進軍してくるのか分からない状態で、守ってくれるなど期待しないほうがいいのだ。


木人形を相手にしただけで悲鳴が響き渡る。

その様子を見ていたノエルは、煙を吐きながら顔を歪めた。


「俺の時でもまだましだったぞ。お遊戯会かよ。あんなのじゃ、魔物の牙に触れて内蔵ぶちまけて終わりだ」



教官はさらに容赦なく指導をしていく。


『剣に振り回されるな。剣が使えないなら蹴りをしろ。自分が呼吸を整えるための距離を稼げ』


『盾を持つなら、仲間を守れ』


怒号が飛ぶたびに生徒たちの顔は青ざめていく。

汗と涙と恐怖でぐちゃぐちゃになりながら、必死にそれでも剣を振るい続けた。


だが。


―—ぎぃ。がしゃん。


訓練場の奥には鉄格子が置いてある。

その中には競技用と拷問が終了したばかりの魔物が入れられている。

その鉄格子が開いた音だった。


鎖に繋がれ、小型の魔物が引き出された。

犬ほどの大きさだが、赤い瞳と牙は異様に鋭い。

あれで噛まれたらひとたまりもないだろうと、想像がつくぐらいには。



「っ……!!」


生徒たちの顔が一斉に凍り付いた。


「恐れるな! そいつは初級も初級だ。子供でも討伐が可能な魔物だ。お前たちはそれよりももっと怖い魔物と戦うのだ。引くな!!」


教官の怒鳴る声。

それでも足は竦んで。


「むりだ。むりだ。いやだ。こないでくれ!」


いやいやと首を振り回し、後ずさりする。


魔物が唸り、鎖が解かれた。

牙が鋭く光り、悲鳴が訓練場を満たした。


誰もが噛まれる、やられると覚悟した。

その瞬間。




―—魔物がピタリと不自然に止まりそのまま首を飛ばされていた。


見えなかった。

誰が、どうやっていつ首を飛ばしたのか。

見えなかった。


頭が宙を舞い、血が砂に降り注ぐ。

それは生徒たちにも降りかかった。


「……あーあ。だから言ったろ」


ノエルがいつの間にか石段から立ち上がっていた。

その赤い瞳は眠そうなのに、氷よりも冷たい光を宿していた。


「剣を振るえば戦えると思ったか? そうならお前らはすぐに死ぬ。戦いは相手の肉を裂いて、骨を砕いて、血を浴びて初めて形になる」


煙草を吸いながらだるそうに言い放つ。

一斉に息を呑む生徒たち。

護衛と呼ばれる男の強さを垣間見た気がした。


「お前らにひとつの課題をやろうか。——俺の攻撃手段の一つ。糸を見えるようになれ。この糸は力量差が激しいほど相手に見えなくなる。つまりこれが見えていないお前らは足元にも及んでいないということ」


それからまたノエルは石段に座り煙草を吸い始める。

教官は訓練をそれでも続けさせた。


生徒たちは恐怖で泣きさけび、剣を取り落とし、吐きながらも人形や檻の魔物に向かわせられた。


つまらなさそうにノエルは見下ろしていた。



(こいつらの誰が一番最初に壊れるか。少しは楽しませてくれよ。勇者候補さんたち)


赤い瞳が退屈そうに細められた。


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殺人聖職者は勇者とか言う青臭いクソガキの護衛を任された。(仮) ¿? @may-be

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