最終話:ショータイム!
2047年6月1日
ダンジョン配信者・レオン
世界樹ダンジョン・浅層エリア
禍々しくも美しい、光る植物が生い茂る世界樹ダンジョン。その中で、一人の青年が、高速で木々の間を駆け抜けていた。
彼の名はレオン。その背中からは獣のような猛々しい尻尾が伸び、頭には鋭い耳が揺れていた。「容姿の自在化技術」によって、その肉体を戦闘に特化させた獣人型に改造した、新時代の寵児である。
彼の周囲を、複数の自律飛行カメラドローンが追従し、その一挙手一投足を世界中にライブ配信していた。
息を弾ませながら、彼はカメラドローンの一機に向かってウィンクしてみせた。
「さあ、みんな! 見えてきたぜ、このエリアの主、エンシェント・トレントだ! 今日も死に戻り覚悟で、派手にいかせてもらうぜ! 投げ銭、コメント、弾幕よろしくな!」
彼の視界の隅に埋め込まれたコンタクトディスプレイには、世界中からのコメントと「投げ銭」が滝のように流れている。
『レオン様、その肉体美最高!』
『今日の死に戻りノルマあと1回なw』
『その尻尾、触りたい!』
広場の中央で、巨大な樹木の魔物エンシェント・トレントが咆哮を上げる。レオンは、その改造された肉体が持つ驚異的な身体能力を駆使し、魔物と激しく戦った。
彼は、戦闘の最中も実況を止めない。
「OK、ボスの攻撃パターンは単調! 右腕の薙ぎ払いの後は、根っこによる串刺し攻撃! ここは視聴者リクエストに応えて、あえて串刺しをカウンターで狙ってみるか!」
チャット欄が『www』『無謀w』『待ってました!』という文字で沸き立った。
レオンは、宣言通り、地面から突き出してくる無数の鋭い根っこに、自ら突っ込んでいく。驚異的な反射神経で数本の根をかわすが、一本が彼の死角から腹部を深々と貫いた。
「ぐあああああっ!」
彼の口から血が噴き出す。それは演技ではない、本物の痛みとダメージだった。しかし、彼はカメラに向かって、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。
「これが…視聴率ナンバーワンの…覚悟だぜ…!」
彼の体は、その場に崩れ落ち、光の粒子となって消滅した。カメラドローンだけが、静かにその場所を映し続けている。彼の装備品が、アイテムとしてその場にドロップしていた。
数分後、国営蘇生管理センターの特別蘇生室。
白く無機質な部屋で、ガラス張りの蘇生ポッドが眩い光を放っている。光が収まると、中には全裸のレオンが、何事もなかったかのように立っていた。彼の肉体は、改造された獣人の姿のままだ。
彼は、慣れた様子でポッドから出ると、用意されていたローブを羽織る。隣室で待機していたスタッフが、彼の予備の装備一式を手渡した。チャット欄は、彼のリアルな「死に戻り」に熱狂し、称賛と、彼の装備代を遥かに上回る高額な投げ銭で埋め尽くされている。
「いやー、今のマジで痛かったわー! 内臓やられる感覚、何度やっても慣れねえな! でも、おかげでボスの弱点は完全に読めた!」
配信を終え、自宅のスタジオに戻ったレオンは、一人、疲れた表情でソファに深く沈み込んでいた。彼の獣人の体には、戦闘の生々しい記憶が残っている。
個人端末に、マネージャーから通信が入った。
「レオン、お疲れ。今日の配信、視聴者数、投げ銭総額、共に過去最高だ。おめでとう。ロストした装備の損失は、投げ銭で十分お釣りがくる」
「…どうも」
「ただ、例によって批判コメントもいくつか。『命を軽んじるな』『子供たちが真似したらどうするんだ』、いつものやつだ。気にするなよ」
「…分かってるよ」
通信を切り、彼は天井を仰いだ。
かつて、自分の部屋で、ただのゲーム実況をしていた頃を思い出す。あの頃は、死んでもコントローラーを置くだけだった。だが今は、本当に「死の痛み」を知っている。蘇生時の、魂が肉体に引き戻される激しい衝撃も。
この世界はクレイジーだ。だが、このクレイジーな世界だからこそ、俺みたいな人間が輝ける場所がある…。
レオンは立ち上がり、スタジオの大きな窓から、夜の東京を見下ろした。
街には、彼と同じように肉体を改造した人々が行き交い、上空にはダンジョン産の素材で作られた広告飛行船が浮かんでいる。遠くの水平線の彼方には、地球を覆う、巨大な世界樹が、月明かりを浴びて、静かにそびえ立っていた。
彼は、窓の外を眺めながら、次の配信の企画を練り始める。彼の挑戦は、まだ終わらない。
かつて人類を恐怖させた脅威は、今や日常の風景となり、新たな文化と経済を生み出した。オウムアムアがもたらした永い変革の時代。それは、終わりなき挑戦と、再生の物語。人類のクロニクル、年代記に、また新たな一行が書き加えられる。そして、この世界の物語は、これからも続いていく。
オウムアムア・クロニクル ~ダンジョン配信のある世界ができるまで~ タハノア @tahanoa
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