第二十四話:自由な肉体
2047年5月10日
科学者兼デザイナー・桐谷 麗華
先端科学技術博覧会・メインホール
近未来的なデザインの巨大なホールは、熱気と興奮に包まれていた。ステージ上には、その日の気分に合わせてか、髪がオーロラのように緩やかに色を変えるデザイナー、
司会者が、声を張り上げた。
「さあ、皆様、お待たせいたしました! 蘇生システムがもたらした、実年齢と見た目年齢の乖離という社会問題を、科学は、芸術は、どう乗り越えるのか! その答えが、今ここに! 桐谷 麗華博士です!」
大きな拍手が湧き起こる中、麗華はマイクの前に立った。
「皆様、こんにちは。私が提案するのは『解決策』ではありません。『解放』です」
彼女が合図すると、ステージ上の巨大スクリーンに映像が流れた。
蘇生されたばかりの、老人の姿をした若者が、システムによって瞬く間に若々しい肉体を取り戻していく。逆に、少女の姿で蘇生した、戸籍上は高齢の女性が、威厳のある年配の姿へと変わっていく。
「これは単なる若返りではありません。これは、あなたが『あなた』であるための、最も自由なキャンバスを手に入れること。自己表現の革命なのです!」
発表の後、麗華はデモンストレーションブースで、来場者に技術のさらなる可能性を披露していた。
「肌の色をメタリックブルーに? もちろん可能です。髪を虹色に光らせることも。あなたの魂が望むなら、性別の身体的特徴さえ、流動的に変更できます」
ブースは黒山の人だかりだった。特に注目を集めているのが、覚醒者やバトルスーツ使用者向けの「特殊ボディー」のコーナーだ。ホログラムで、背中に優美な羽を生やした覚醒者や、獣の耳と尻尾を持つ獣人タイプのバトルスーツ使用者のモデルが映し出されている。
それを見て目を輝かせる若者がいる。
「すげえ! 俺、絶対この獣人タイプにするわ! カッコよすぎ!」
しかし、その一方で、眉をひそめて見ている人々もいた。
杖をついた老人が、嘆かわしげに呟く。
「親からもらった体を、軽々しくいじくり回すとは…」
麗華は、人々が固定された肉体から解放され、自らのアイデンティティを自由に創造していく未来に、純粋な喜びと興奮を感じていた。
発表の熱狂の裏で、麗華は一人のジャーナリストの囲み取材を受けていた。
「博士、この技術は素晴らしい。しかし、新たな差別を生むとは考えませんか? 例えば、容姿を一切変更しない『ナチュラル派』と、積極的に変更する『カスタム派』との間の社会的対立です」
「多様性とは、常に対立の可能性をはらむものです。重要なのは、互いの選択を尊重することです」
麗華は冷静に答えた。
「では、過度な容姿変更を繰り返し、本来の自分を見失ってしまう『アバター依存症』の問題についてはどうお考えですかな?」
その鋭い質問に、麗華の表情がわずかに曇った。
「…それは、技術の問題ではありません。使う側の、そして社会全体の、倫理の問題です。我々開発者は、その議論の『きっかけ』を提供したに過ぎません」
彼女は、自らが解き放った技術が、人々に新たな苦しみをもたらす可能性にも気づいており、その責任の重さを感じていた。
その夜、麗華は博覧会を終え、自動運転のエアカーの中から、きらびやかな夜の街を見下ろしていた。
街を行き交う人々は、色とりどりの髪や肌、中には羽や尻尾を持つ者もいる。まさに彼女が夢見た、多様性に満ちた光景だった。
その時、彼女の個人端末に、一通のメッセージが届いた。差出人は、先日蘇生されたばかりの、一人の少女からだった。
『桐谷先生、はじめまして。私は20年前に死んで、先日、10歳の姿で戻ってきました。周りの友達はみんな大人になっていて、一人ぼっちで、怖くてたまりませんでした。でも、先生の技術で、今の自分の年齢に合った姿になることができました。もう一度、新しい人生を歩み出す勇気が持てました。本当に、ありがとうございます』
麗華は、そのメッセージを読み、静かに微笑んだ。目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
課題は多い。しかし、この技術が、絶望の中にいた人々を救い、新たな希望を与えていることもまた、事実だった。
肉体という最後の
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