終わり
数日後、私は黄ばんだ封筒をポストに入れた。
宛名は書かない。ただ、届け先は必ず“家”が決める。
その夜、布団の中で眠れずにいると、部屋の隅から水音がした。
川底で息を殺すような“濡れた声”が、耳元で囁く。
「次は…まだか」
襖の下からは、湿った塩の匂いと、小さな泣き声が漏れ出した。
土間の赤子は、もう名前を待っている。
壁の裏からは、根が軋む音が響き、柱がわずかに揺れる。
薬壺の蓋がぱちりと開き、粉が宙に漂った。
井戸の底から、四本の濡れた手が這い出し、私の足首を撫でる。
すべての“罪”が一斉に私を覗き込み、口を開いた。
――「お前の次は、誰だ」
私は答えられない。ただ、右手に浮かぶ墨の文字がじわじわと広がり、
最後の空白に知らない筆跡が現れ始めた。
それは、数日前にすれ違った見知らぬ若い女の名前だった。
笑い声がポストの奥から響き、私は知った。
この家は血だけでなく、外からも“罪”を選び取ることを。
封筒は必ず届く。
そして、次にそれを開いた者は、私と同じ問いを背負う――
「逃げなかった。それが罪だ。」
穢れた遺言状 然々 @tanakojp
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