12話目――私

祖母が死んだ夜、私は奥座敷でその封筒を開けた。

黄ばんだ紙から立ちのぼる湿った匂いは、古い木と土と…生き物の血の匂いだった。


最初の行を読んだ瞬間、胸の奥で何かが“返事”をした。

文字は私の目に向かって滲み出し、紙から離れて宙を漂い、私の額の中に吸い込まれた。


気づけば、他の親族たちはもう座っていなかった。

畳の上にあるのは、濡れた足跡と、今まさに消えかけている薄い影だけ。

その影が、私を見て口を動かす。

――逃げなければ、お前の罪になる。


私は立ち上がろうとしたが、足が動かない。

見下ろすと、畳の目から伸びた無数の白い指が足首を掴んでいた。

その指は一本ずつ、先ほど読んだ罪の持ち主のものだとわかった。

川底の濡れた手。

土間の下の小さな手。

山の根のような指。

壺の底の冷たい指。

井戸の奥の、血を求める指。


それらが絡まり、私を床の中へ引きずり込もうとする。

必死に封筒を放そうとしたが、もう離れない。

封筒の内側で、墨のような液体が渦を巻き、私の名前をゆっくりと描き出していく。


最後の行が、目の前で浮かび上がった。


六、

 お前は逃げなかった。それが罪だ。

 今より、お前はこの家の声であり、鎮め役であり、次の筆者である。




喉の奥から声が漏れた。

それは私の声ではなかった。

低く湿った声で、こう呟いた。

「この遺言状を次に渡すのは――誰にしようか」


その瞬間、封筒の中にあったはずの紙が消えた。

代わりに、私の右手の皮膚に墨のような文字が浮かび始めた。

文字は一行目から順番に刻まれていき、最後に空白が一つ残った。


その空白には、これから私が決める“次の名”が書かれる。

それが終わるまで――私は決して死なない。

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