灰だけならまだましよ

雛形 絢尊

灰だけならまだましよ

煤けたものを眺める。

喉の渇きは機能を保つことが

やっとで声を発する力でさえも、

ある程度の力を要する。


幾人かの人の流れを見ていた。

かれこれ何時間、

いや数日このままの状態であろう。

やけに蝿が集り、

苛立ちさえも地べたに敷いて眠る。

等間隔で同じ姿勢を取る人が

代わる代わる動く。

鼻は完全に機能していないように、

無垢が全身を覆う。

あれ、あんな男。さっきまでここにいたか?

いや、いなかった。随分と近くにきやがった。

声も出したくない。

ああ酷く悄然とした人々も多くなってきた。


「ああ、兄ちゃん、その腕はどこで」


あの男か、おそらくそうだろう。

その方角に彼がいる。


「私は軍需工場で、

標的にされて燃えてしまったけど」


男は身体を起き上がらせこういう。


「不憫だねえ、どこもかしこも燃やされちまって。この街に遺されたのは灰のみだ」


「灰だけならまだましよ」


男の顔を見た。


「お前さん、その腕は」


男は青ざめたようにこんなことを言ってくる。


「帰ってんくんなって言われたよ、

腕一本なくして、

帰ってきたらもう、

帰る場所なんてなかったじゃねえか」


「家族は」男に神妙な顔つきで言った。


「掻っ攫われたよ全部。

なかったことになった。お前さんはよ」


「同じだ」


「あんたが右で俺が左、

ああ、どうしてこうなっちまったんだろう」


男はクスッと笑いながら言った。


「似たもの同士だな、お腹、空いてないか」


私は起き上がろうと左手を地面につく。


「あんた食いもんなんか持ってるのか」


男は即答する。


「持ってねえ、聞いただけだ」


私は思わず笑ってしまった。


「あんた、面白えやつだな」


男も微笑むように笑った。


「どっちが先に逝くんだろうな、なんて。

あんた、幾つだ」


「へへ、16歳」


「あんた、じゃねえだろ。

そんな歳なのか、若えな」


男も起き上がろうと右手をついた。


「あともう少し早かったら戦地に出向いてた」


「あんなとこ行くんじゃねえよ、

死んでも行きたくない」


「どんな景色を見てきた」


「そりゃあ、何も言えねえ。強いていうなら

閃光がバッってなって、

至る所に仲間が倒れてた。

光って光って辺りなんて見えやしねえ。


何に対して攻撃しているのか、

何を攻撃していたんだろうな一体」


男は声を一段大きくしていった。

そしてまた声を下げた。


「みっともなくここで倒れたら、

あんたが埋めてくれ」


「あんたも生きるんだよ」と強く言った。


「生きてたって、親の埋葬なんてしたくねえ」


生唾を飲み込んだ。


「あんたが生きてくれて、

戻ってきてくれてよかった」


男の首がかくんとなり、

それから何も聞こえなくなった。

閑散とした通りに車が走り、

その後に水たまりが見えた。

昼下がりの鈍色の雲に陽が差すのを見た。

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灰だけならまだましよ 雛形 絢尊 @kensonhina

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