永眠

辻井豊

永眠

 神崎玲於奈は地上に向けて落下していた。高度千五百メートルを飛行するグライダーから振り落とされたのだ。どうしてこんな最後を迎えることになったのか。玲於奈は回想する。事の始まりは二週間前だった。


  **


「姉さん!」

 木曜日の朝、自宅の玄関を出ようとした玲於奈は双子の妹、神崎伊於奈に呼び止められた。

「お弁当忘れてる」

 伊於奈が布巾で包まれた容器を差し出してくる。自動料理機械の作ったお弁当だ。玲於奈はそれを黙って受け取る。いつもは出勤する前にバッグに詰めるのだが、今朝はギリギリまで目が覚めなかったこともあって忘れていたのだ。玲於奈はぼそりとお礼を言う。

「ありがとう……」

 伊於奈が手を振る。

「行ってらっしゃい!」

 笑顔が眩しい。避けるように背中を向ける。するとそこを優しく押された。玲於奈は玄関から押し出される。

「あ、今日は早く帰ってきてね。彼を紹介するから」

 ガチャリとドアが閉まる。いつもこうだ。妹は陽気で、容赦がない。

 玲於奈は歩き出す。その先に、遥か雲上にまでそびえ立つ巨大なガラス細工にして人類永眠計画の象徴、エントロピータワーの姿があった。


 *


 自動運転バスに揺られること二十分、さらにバス停から徒歩で二分、玲於奈は勤め先の永眠局碑文課に着いた。この課の仕事は人類永眠計画の最終段階、月の岩盤に刻まれる碑文を編集することだ。

 玲於奈は自席に座ると端末を立ち上げる。そしていつもの儀式を始める。それは人類永眠計画が生まれるに至った、長い歴史を確認する作業だった。


 今からおよそ二百年前、宇宙の寿命は永遠だとするモデルが提唱された。大論争になったが決着はすぐについた。観測によって実証されたからだ。その観測によれば宇宙の広さは無限大、いや、無限に拡大していた。しかも宇宙のあらゆる場所で物質とエネルギーが生れ続けていた。だから宇宙にはビッグクランチも熱的死も訪れない。宇宙の広さは無限大で寿命も無限だったのだ。


 宇宙の広さは無限大で寿命も無限であることがはっきりすると、それからしばらくして人類社会を激変させる理論が発表された。その理論のあらましは次のようなものだった。

 宇宙に無限の広さがあるのなら、そして無限の時間があるのなら、どんな現象も無限に再現される。ある物質の組み合わせに固有の意識が宿るなら、それも無限に再現されるのだ。だから死んだ人間が連続した意識を保ったまま目覚める時がやってくる。生まれ変わりはある。いや、死んだら必ず生まれ変わる。


 この衝撃的な理論が発表されると、人類は二つの勢力に分かれた。一つは生まれ変わることをよしとせず、不死を実現しようとする勢力。そしてもう一つは生まれ変わることを受け入れ、不死の実現を拒む勢力。

 前者の多くは恵まれた生活を営んでいる者たちだった。彼らは考えた。大金持ちが貧民窟の住人に生まれ変わるかも知れない。一度豊かな暮らしを味わった者にとって、そうでは無い暮らしは時に絶望に値する。だから彼らは生まれ変わりを拒否し、不死の実現を主張した。一方後者は今の生活に絶望し、こんな世界で生きるのなら死んだ方がマシだ、生まれ変わりがあるのならなおさらだと考えた。この二つの勢力は激しく争い、ついには熱核兵器の応酬に至った。


 わずか数ヶ月で終わった核戦争から百年が経過した現在、一時は十億人を下回るまでに減少していた人口も、七十億人を超えるまでに回復していた。生き残ったのは、生まれ変わることをよしとせず、不死を実現しようとする勢力で、今生きている者たちはその子孫だった。彼らも当然のように願った。不死を。やがてその願いは現実のものとなる。ついに不死の技術が開発されたのだ。それは永遠に眠り続けることだった。


 不死の技術を手にした人類は、地球の衛星軌道上に幾つもの浮遊都市を建設し始めた。この浮遊都市は都市とは名ばかりで、睡眠カプセルの集合体のような構造をしていた。だが、それこそが人類科学の結晶なのだった。不死を希望する者はまずこの睡眠カプセルに入る。そしてそこで深い眠りにつくのだ。

 人間は眠っていても代謝や老化で体内のエントロピーが増加する。永遠に眠り続けるためには、このエントロピーを低下させてやらねばならない。そこで、都市全体に負の光子を照射する。そうすることで増大したエントロピーを低下させるのだ。それは局所的に時を巻き戻すことを意味していた。

 もちろん、時を巻き戻してまで永遠に眠るためには永遠に作動するエネルギー源が必要だ。人類は既にそのエネルギー源を見つけていた。それは宇宙の無から無限に湧き出すエネルギーを利用することだった。このエネルギーを集めて再分配することでエントロピーを減少させる。その装置こそ、浮遊都市や地上の街にそびえ立つ巨大なガラス製の建造物、エントロピータワーだった。


 かくして、浮遊都市は完成した端から眠った人間を満載して発進していった。恒星間空間を目指すのだ。太陽の寿命が尽きてもなお永遠に眠り続けることができるように。これこそが、人類永眠計画なのだった。


 玲於奈は端末から顔を上げる。儀式は終わった。玲於奈の両親が眠る第七浮遊都市も三年前に月軌道を発進していった。まだ地上から見える位置に浮かんでいる。浮遊都市の移動はそれほどゆっくりしていた。時間は十分にあるからだ。会いに行けたらいいな。玲於奈はそうつぶやいた。


 *


 仕事を終えて自宅に戻った玲於奈は自分の部屋でくつろいでいた。玲於奈の部屋は父親から送られたたくさんの本や、母親が買ってくれたたくさんのぬいぐるみであふれていた。

 玲於奈は暖かいマグカップを包むように持ってミルクをすする。思い出す子どもの頃の情景。それは暖かな色彩に満ちていた。


 呼び鈴が鳴った。リビングにいた伊於奈が対応している。おじゃましますと男の声が聞こえた。玲於奈は身構える。廊下を二人分の足音が通り過ぎてゆく。しばらくして部屋のドアが開いた。

「姉さん、彼を紹介するからきて」

 玲於奈は立ち上がり部屋を出る。伊於奈の後に続いて廊下を歩き、彼女の部屋に入る。

 そこは玲於奈の部屋とは全く違っていた。本もぬいぐるみも無い。そんな部屋の真ん中に長身の青年が立っていた。サラサラの前髪がおでこにかかっていて、なんだか中性的な印象だ。玲於奈が青年を見つめていると伊於奈が咳払いする。

「えーっと、こちらが姉さん。神崎玲於奈」

 青年が頭を下げる。

「おじゃましてます」

「いらっしゃい。妹がいつもお世話になっています」

「いえ、お世話になっているのはこっちです。斎藤です。斎藤恭一郎です」

「はい、挨拶はこれくらいで。じゃあ姉さんはここまで。もういいわよ」

 玲於奈は部屋の外に押し出されてしまう。とぼとぼと自分の部屋に戻るとマグカップを手にしてクッションにうずくまる。

 ずいぶんと線の細い青年だった。妹とは不釣り合いな気がする。伊於奈は街のグライダークラブに所属していて、毎日のように飛んでいる。陽気で活動的な性格なのだ。さっきの青年とはどこで知り合ったのだろう?

 あとで聞いてみるか……

 でも、教えてくれるだろうか……

 いろいろ考えていると眠くなってきた。玲於奈はカーペットの床に横になる。そしてそのまま眠ってしまった。


 *


 金曜日の夕刻、玲於奈は帰宅しようと永眠局碑文課を出て歩いていた。すぐ目の前の角を曲がればバス停だ。肩に掛けていたバッグを掛け直す。そのときだった。角の向こう側から男が飛び出してきた。玲於奈はいきなり腕をつかまれる。あまりの驚きと恐怖で声も出ない。男に引きずられて路地に連れ込まれそうになる。すると、その路地の入口に誰かが立ちふさがった。あの青年だ。斎藤恭一郎。

「玲於奈さんっ!」

 恭一郎が男と玲於奈の間に割って入った。だが、男の腕力で振り飛ばされてしまう。アスファルトに頭をぶつける鈍い音が聞こえた。それでも恭一郎は立ち上がってくる。ふらふらと男に挑みかかる。

 二人が揉み合っていると永眠局の方から二人の警官が駆けてきた。きっと局の誰かが気づいて通報したに違いない。男は逃げ出そうとする。警官の一人がとびかかった。男が叫ぶ。

「永眠はんたーいっ!」

 男はあっという間に制圧された。

 恭一郎がふらふらと玲於奈に近寄ってくる。

「大丈夫です……か……」

 そして道路に倒れ込んだ。


 *


 土曜日。今日は休日だ。玲於奈は自宅の端末で調べものをしていた。昨日、自分を襲った男のことを調べていたのだ。男は永眠反対と叫んでいた。生まれ変わりを受け入れ、人類の不死化に反対する勢力がまだ生き残っていたのだ。その勢力は反永眠派と呼ばれていた。玲於奈はそのことを初めて知った。キーボードに手を置いてディスプレイを読んでいると部屋のドアが開いた。

「姉さん、今日、一緒に飛ばない?」

 伊於奈だった。玲於奈は訊く。

「飛ぶってグライダーで? わたし、クラブの会員じゃないし飛んだことも無いのよ?」

「大丈夫、話しは通してあるから。気分転換になるよ」

 昨日暴漢に襲われた話を伊於奈には伝えていない。心配すると思って。でも彼から聞いたのだろう。恭一郎から。だから気分転換に連れ出してくれようとしているのだ。と、そこで玲於奈は思う。そう言えば恭一郎はきちんと帰れたのだろうか?

 道路に倒れた彼は病院に運ばれていた。事情聴取の済んだ後、玲於奈は彼を見舞おうとした。そしたらもう病院にはいなかった。怪我は大丈夫だったのだろうか?

 玲於奈が考え込んでいると伊於奈が訊いてきた。

「だめなの?」

「え……ええ……」

 玲於奈は上の空だ。

「そう……まあいいか。じゃあまた今度ね」

 伊於奈は一人合点すると部屋を出て行った。玲於奈は再び端末に向かう。すると端末が勝手に再起動していた。なんだろう?

 起動画面が終わる。そのとき――

「一件の脅威を検出しました。駆除に成功しました」

 セキュリティーチェックからのメッセージだ。玲於奈は詳細表示のリンクをクリックする。

「キーロガーを検出しました。駆除に成功しました」

 キーロガー、それは端末で何のキーが押されたのかを全て記録するプログラムだ。時にはその内容を何者かに送信することもある。玲於奈は愕然とする。わたしの端末操作が盗み見られていた?

 いつから?

 どうやって侵入してきたの?

 セキュリティーチェックのヘルプに自然言語で問い合わせる。その答えは不明……

 何もわからない。言いようのない不安が、玲於奈の心に重く沈殿していった。


 *


 日曜日。玲於奈は今日も休みだ。妹の伊於奈は遅くなると言って朝早くからどこかに出かけて行ってしまった。玲於奈が一人で朝食を食べていると携帯電話が鳴った。自動表示されたアイコンを見ると恭一郎からだった。玲於奈は口に含んだミルクを飲み下してから電話に出る。

「もしもし?」

「玲於奈さんですか?」

「はい」

「恭一郎です」

 玲於奈は黙り込む。

「あの……」

 二人同時に話してしまう。

「あ、そちらからどうぞ」

 玲於奈の言葉に恭一郎が言う。

「今日、会えますか?」

「え? ええ……」

「でしたら、十八時に、そちらの最寄りのバス停で」

 玲於奈は返答に困る。断ろうかと躊躇している間に電話は切れてしまった。数時間後、最寄りのバス停で恭一郎と落ち合った玲於奈は彼に問うた。

「何の用ですか?」

「食事でもどうかと思って」

 強引だ。彼のイメージには遠い。それを伝えると彼は言う。

「そうなんです。伊於奈さんにも言われました」

 その言葉を聞いた途端、玲於奈の心の中で何かのスイッチが入った。

「いいですよ。いきましょう」

 その夜、二人でコース料理を楽しんだ後、玲於奈は恭一郎に抱かれた。


 *


 月曜日の朝。玲於奈は恭一郎の腕の中で目覚めた。

「腕、痺れてないですか?」

「大丈夫ですよ」

 彼は優しい。思えば、最初に会った時から惹かれていたのかも知れない。玲於奈は恭一郎の胸に顔を埋める。すると恭一郎が呟くように言う。

「ほんとうに好きになってしまいました」

 玲於奈は顔を上げ、恭一郎の表情をうかがう。彼は何か決心したような顔をしていた。

「ぼくはあなたを利用するつもりでした」

 恭一郎の言葉に玲於奈は驚く。

「何を……」

「ぼくは反永眠派のスパイなんです」

「スパイ?」

 玲於奈は体を起こし、恭一郎と向かい合う。そのときだった。部屋のドアが大きな音をたてて開かれた。武装した一団が入ってくる。警官隊だった。何がどうなっているのかわからないまま玲於奈は服を着せられ、警察署に連行された。


 事情聴取が終わった。玲於奈は婦人警官に伴われ警察署の玄関を出る。婦人警官は言う。

「もうあんな人と関わっちゃだめですよ」

 諭すようなその言葉に玲於奈は訊く。

「彼はどうなるんですか?」

「裁判にかけられます」

「何の罪に問われるんです?」

「反永眠罪です」

「反永眠罪?」

「そうです。反永眠テロリストへの処罰は決まっています。極刑、強制永眠です」

「強制永眠?」

 それのどこが罰なのだろう。玲於奈にはわからない。

「彼らは生まれ変わりを望んでいます。だから死刑は罰にならないんです」

 なるほど。生まれ変わらせないための強制永眠なのか。玲於奈は不自然なほど平穏にその事実を受け入れる。警察署の車寄せに自動運転タクシーが止まった。ドアが開く。婦人警官が促す。乗り込む。タクシーが目的地を訊いてくる。

「どちらまで?」

「永眠局まで」

「了解しました」

 タクシーが動き出す。


 玲於奈を乗せたタクシーは中心市街に入った。揺れが心地よい。普段なら眠っているところだ。だが、昨夜からのあれこれが脳裏に浮かび、眠気は無い。

 やがて永眠局のビルが見え始めた。そのとき、視界の中で異変が起きた。眼前にそびえるエントロピータワーのあちこちで閃光が走っている。爆発だ。見ている間にもタワーはガラスの砕片と化して崩壊してゆく。タクシーが緊急停止した。ドアが開く。

「安全を確認し、避難してください」

 人工音声が降車を促す。玲於奈は周囲をうかがいながら車外に出た。左右を確認していると反対車線を猛スピードで走ってくる車に気づく。その車が真横を通り過ぎる直前、透明なキャビンの中に玲於奈は妹の姿を見たような気がした。


 *


 エントロピータワーが崩壊した後、街では外出が厳しく制限された。

 玲於奈は部屋に閉じこもるしかなかった。外出制限がなくともそうしただろう。タワーは街のエントロピーを低下させる役割を担っていたのだ。そのタワーが無くなった。エントロピーは増え続ける。それは街全体の老化が進行してゆくことを意味していた。もちろん、そこに暮らす人間の老化も進行してゆく。

 恐ろしい。玲於奈は人に会うのが怖くなっていた。たとえ一日でも老化した自分を他人に見せたくはない。それなのに、タワー崩壊前よりも空腹を覚えるようになっていた。ホームシステムのヘルスチェッカーは代謝の上昇を示している。エントロピータワーの崩壊が原因だろうか?

 何か食べたい。しかし厳しい外出制限のせいで買い物の宅配さえストップしていた。そんな中、妹の伊於奈はどこからか食料を調達してきていて、それを玲於奈にも分けてくれていた。不思議だったが玲於奈は問いただすことをしなかった。伊於奈と話すことが怖かったのだ。妹はどこまで知っているのだろう? わたしが彼と寝たことも知っているのだろうか?


 *


 エントロピータワーが崩壊して八日後、外出制限は全面解除された。それが報じられた翌日、玲於奈は伊於奈に声をかけられる。

「姉さん。今度こそ飛ばない? グライダーの予約を取ったの。タンデムタイプよ。二人で一緒に飛べるわ」

 その誘いを、玲於奈は断ることができなかった。


 伊於奈と玲於奈、二人の姉妹を乗せたモーターグライダーは河川敷に作られた飛行場から飛び立った。前席で操縦するのは妹の伊於奈だ。天候は快晴。地表から立ち上る上昇気流が機体をどんどん押し上げてゆく。やがて飛行高度は千五百メートルに達した。後席の玲於奈は地上を見下ろす。はるか眼下に緑地と住宅街がパッチワークのように広がっている。静かだ。でも何かが起こる。その覚悟を、今日はしてきた。妹はわたしを許さないだろう。

「この時を待っていたわ」

 唐突に伊於奈が言った。その途端、風防が全て吹き飛ぶ。

「姉さんのベルトに細工した。背面になったら姉さんは落ちる」

 モーターグライダーはエンジンを停止して滑空している。風防が無いせいで風切り音が大きい。冷たい空気に曝されて玲於奈は震える。いや、これは殺される恐怖を感じて震えているのだ。死ねば、生まれ変わる。その恐怖を感じて。声まで震えないように努めて玲於奈は訊く。

「わたしを殺してどうするの?」

 伊於奈は答えない。かわりに機体が大きく傾く。

「ひっ!」

 玲於奈は身体を固くした。グライダーは右旋回している。Gが玲於奈を座席に押し付ける。操縦桿を握っている伊於奈が歌うように言う。

「姉さんは全部持っていったわ。わたしの欲しいものを全部。父さんの広い背中も。母さんの暖かい胸も。そして彼も!」

 その伊於奈の言葉全てに玲於奈は心当たりがあった。玲於奈は恐怖心に負けじと叫ぶ。

「彼はスパイだった!」

 すると伊於奈が冷たい声で答える。

「そうね」

「知ってたの?」

「だって、わたしもそうだから」

 そうか。そうだったのだ。これで説明がつく。自宅の端末に仕掛けられたキーロガー。崩壊してゆくエントロピータワーと、そこで見た走り去る妹の姿。どちらにも伊於奈はかかわっていたのだ。

「わたしと彼は地下集会で知り合ったの。反永眠派の集まるバーで。姉が永眠局に勤めていると言うと彼は近づいてきた」

 その程度の男だったのだと玲於奈は思う。だからそれを口にする。

「その程度の男だったのよ」

 その言葉の終わらないうちに伊於奈が叫ぶ。

「違う! 違う! 違う!違うっ! 何もかも姉さんのせいよっ!」

 機体が振動を始める。伊於奈の操縦桿を持つ手が震えているのだ。玲於奈は心が冷えてゆくのを感じる。くだらない。妹も所詮はその程度の人間だったのだ。玲於奈は言ってしまう。

「だったらどうするの?」

 答えは即座に返ってきた。

「死んで」

 ゆっくりと機体がロールを始めた。そして背面になったところで機首が上方向に〝下がる〟。負のGがかかり、グライダーの華奢な機体が悲鳴を上げる。玲於奈を座席につなぎ留めていたベルトが分解するように外れた。機外に放り出される直前、伊於奈の嘲りが耳に届く。

「生まれ変わるがいいわ! 今度は奪われる側に!」


 **


 玲於奈は回想を振り払った。地上は目前だ。死が、すぐそこに迫っている。

 玲於奈は思う。わたしは生まれ変わる。死よりそれが恐ろしい。

 この妹の行為は反永眠派のテロの一つとして人類永眠の碑文に刻まれるのだろうか?

 もしそうなら、わたしの名前はテロの犠牲者の一人として他の多くの者たちと並んで刻印されるのだろう。そして、その碑文の最後はこう結ばれるのだ。


 そうして人類は永遠の眠りについた。

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