光から伝わった君の声

雪方ハヤ

夕の光と、暁の光。

 彼の声を求めていた。

 幼い頃から、その声がなくてはならなかった。

せきちゃん!」

 その呼び声に私は反応する。

「なぁに? あかつきくん」

 山岸やまぎしの先に座る私たち。顔を振り向くと彼は私を見つめ、ギュッと手を掴む。身の前には夕暮れの光が降りている。太陽がほぼ地平線に隠れ、一部だけ力強い赤い光を地に注ぐ。

「夕ちゃん。夕暮れの逆って、なんでしょう?」

「『夜明け』……かな?」

「太陽が沈み、光が失う夕暮れ……ぼくはその逆を『暁』だと思うよ。でも、夜明けと同じ意味らしいよ」

 背後から自然の涼しい風が吹く。揺れ動くシャツが緑の葉とともに舞う。

「君の名前と同じだね……『暁』はなんで夜明けと同じ意味なの?」

 そのわけのわからない質問をした私に対し、彼は優しかった。

「夜明け以外で――たしか光が現れる『希望』という意味があるらしいよ!」

 その言葉はずっと私の心の中で生きている。しかし、数年後の山岸に、彼の姿は二度と現れなかった。

 私は毎日のように夕暮れを――毎日のように自然を背にして眠る。なぜ彼は消えたのか? その答えは私にもわからなかった。

 大人になった私はあの山のガイドになる。彼の再登場に期待しているか、私は毎回メンバーリストを確認している。森林に囲まれたここの道は心地よい風が吹く。

「おい……オレあそこにいきてぇ」

「すみません。あそこは立ち入り禁止エリアとなっております。ルート通りの山岸へ向かいましょう」

 目の前の中年男性が顔を赤らめて怒る。私の鼻を指し、私の悪さを言う。

「あんたなぁ。客の話はちゃんと聞け! オレはあそこにいきたいんだよ!」

 私は両手をあげて降参しても許してくれず、しばらく呼吸がしづらい場になる。


「――ここの山岸から見える景色はとても綺麗だよ」


 ――!?

 私はその声に唖然あぜんとなる。まるで希望のない深淵しんえんに、黎明れいめいの光が差し込むかのように。

 中年男性も驚く。自分が言いすぎたことに反省しているか、「わかったよ」と言い、みんなで山岸へ向かう。

 太陽が沈む頃、いつも通り見晴らす橙色の空。やはり綺麗だ。観光客もみな、「きれいだ」とつぶやく。

 一日のガイドを終え、客を山下に送った後。私は再びあの山岸に向かった。

「やっぱり、いたのね」

 山岸の先に一人の少年の姿が座っていた。私が近づく間に彼の声が届く。

「久しぶり、夕ちゃん」

 もう太陽が見えない。月光の光が代わりに照らす空。私は彼の隣に座り、昔のように話しかけた。

「なんで、いなくなったの……?」

「いなくなっても……ぼくが君を見守るよ」

 質疑応答になっていない。なぜ聞いた問いに対し、その後の話をするのか。

「もう夜だよ。徹夜したらだめだよ」

「ねぇ答えて! なんでいなくなったの?」

 私は拳を握って彼を見つめる。月の光が彼の横顔に降り注ぐ。

「――さあ。寝よ……」

 その最後の声が鼓膜に伝わる。私の目が模糊もことなり、考える力が弱まる。そして――私は深い眠りにつく。

 しばらく時間が経つ、私が目を覚ますともう彼の姿はいなくなった。体を立ち上がると、目に見える光景が輝いていた。

 太陽が、のぼっている。

 彼が言っていた、暁だった。夜明けだった。黎明だった。微かな光が目に映り、まるで彼が私を抱擁ほうようしている。

 その光はこう言っていた。


「――いつまでも、ぼくは君を見守っているよ」

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光から伝わった君の声 雪方ハヤ @fengAsensei

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