五話 ジジイvs美食

「さ、こっちです。私が運転しますんで、どうぞ」



 どうぞ、と言われてもアルにはこれが何か理解できていなかった。黒塗りの箱。最初の印象はそれだったからだ。



「これは……なんだ?」



 胡乱な目で創外を見つめると、創外はああそうだ、そうだったと頭を掻く。



「こりゃいかん、そういやアルトリウスさんはのことを全く知らんのでしたわ」



 そういいながら創外は箱のこちらから見て右手の方に行き、扉のようなものを開けた。

 中には座り心地が良さそうな椅子が用意されており、これでようやくこの箱が何なのかを理解した。



「乗り物か。これは」


「察しが良いですな。その通り、車と言います。結構速いですよ」



 ふむ、と頷きながら車の中に入る。見た目の通り椅子は座り心地がいい。少し独特な匂いがするが、許容範囲内だろう。

 どかっと椅子のど真ん中にアルが座ると、着いてきた花蓮は困ったような顔をした。



「あ、アルさん、詰めてもらわないと私が入れないです……」


「ン?そうか」



 ずいと奥の方に身を寄せる。見たところ前の方にも席があるしそちらでいいのでは、と思ったがどうやらこっちに乗ることにしたらしい。

 ふと花蓮の様子を見ると、明らかに怯えの色が入っている。


 それもそうだろう、ここに来るまでに花蓮から少し話を聞いたが、創外は花蓮が所属する組合のトップらしい。国にも多くの融通が効く大人物だそうだ。そのような男を前にすれば、少女が怖気付くのは当然だった。



「そんじゃいきますよ」



 ぶろろ、と音を立てて車が進み始める。

 速いと言っていたが……まあこんなものか。俺が小走りした方が速いなとアルは思ったが、わざわざ喧嘩を売ることもないと口にはしなかった。



「それで、創外とやら。俺と、この娘に何の用がある」


「詳しい話は後……ってのは駄目かねぇ」



 アルはその言葉を一笑に付した。

 どこぞに連れ去られるかもわからないこの状況で、理由さえ後回しにされてなあなあと連れて行かれるようなものはもはや能天気を通り越してただの馬鹿だろう。


 俺はどうなろうともすでに余生だから別にいいが、この娘は違う。無事に帰してやらんといかんしな。アルはそう考えていた。最悪目の前の男をぶちのめせばいい。話は簡単だった。



「駄目だな。要件を言え」


「そりゃそうですわな。もちろんお話ししますよ」



 運転を続けながら、創外が軽い口調で話す。

 そもそもなぜ最初から話さないのか、どうせ後ろ暗い目的でもあるんだろうが。

 アルは創外の話を半ば楽しみにしながら聞きに回った。



「アルトリウスさん。貴方が異世界人であるというのは、おそらく事実でしょう」


「……えっ?」



 花蓮の間が抜けた声を無視して、アルはふんと鼻を鳴らす。最初から異界より来たと行っているのだから、さっさと認めてしまえばよかっただろうに。事情聴取は面倒くさかったぞ、とアルは少し拗ねていた。



「いかにもそうだが。なぜ今更認める?」


「動画に映っていた戦闘能力、は実のところ証拠にはなり得ない。ただ強いだけってのもあり得ない話じゃないですからね」



 動画とはなんだ。なぜ俺の戦闘能力を知っている。そういう疑問はおそらく立て続けに込み上げてくるだろうから今は話の腰を折るのをやめておこう。


 アルは意外と大人だった。



「戸籍がない。これが決定打だった。現代において、戸籍がない人間は存在しないんです。戸籍がない赤ん坊は抗魔処置が受けられず、抗魔処置を受けなかった赤ん坊は死にますから」



 知らぬ言葉がまた増えた、とアルが顔を顰めると創外がそれを見たのか、ああ抗魔処置ってのはですね、と続ける。



「98年前、ダンジョンが初めて観測された年から世界に魔力という物質が現れました。この魔力というのが人体には毒だった」


「魔力が毒?」



 それはおかしい。魔力は取り込めば取り込むほど身体をより強靭にする。毒というよりはむしろ薬のはずだとアルは思う。



「ええ。身体の弱い者は皆死んでしまった。しかし、そうでなかった人々は」


「むしろ身体が強くなったか」



 ええ。創外が同意した。



「そうして我々は魔力と共存していくことになったのですが……世代を重ね、より強く産まれてくるはずの赤ん坊はなぜか魔力に対する耐性がないんです」



 なるほど話が読めてきたぞ、アルは納得する。



「その赤子に耐性を与えるための儀式が、抗魔処置か」


「儀式……まあ、そうですな。この抗魔処置によって赤ん坊は魔力に対する抗体を得て、生きていくことができる」



 ふぅん。アルはそっけなく相槌を打つ。正直に言ってこの世界の細々としたそういう仕組みには興味がなかった。



「その儀式をするのには戸籍が必要であり、それがないから俺は異界より来た、というわけか」


「他にも色々理由はありますがね。そんなところです」



 さ、着きましたよ。

 そんな会話をしてるうちに、目的地に到着したらしく車が止まる。



「降りるぞ、花蓮」



 話しかけても反応が得られず、アルは大丈夫かこいつと顔を覗き込む。



「花蓮?」


「……あっ、はい!」



 いそいそと動き出し、車から全員が降りる。


 そもそもこの少女はなぜ連れられてきたのであろうか。どのような要件であれ、この少女が必要な場合というのが想像できない。


 もしや人質だろうか。この世界に来てからの初めての接触者である少女を盾に、無理やり俺に言うことを聞かせる。そういうつもりか?


 どちらにせよ、どうでも良かった。アルには武力でこの少女を守り切る自信と自負があった。情というよりは、どちらかというと責任感である。


 そうして着いたのはカクカクとした建物だった。何やら立派な看板がある。既に中から漂っている匂いから察するに、食事処かと目星を付ける。


 急激に腹が減ってきた。尋常じゃない空腹感に襲われ、アルは悶絶する。



「ここは私の行きつけの寿司屋でしてね」


「飯!!!」


「えっアルさん?」



 動揺する花蓮と創外を置き去りにして、店の前まで走り扉を開ける。

 もはや人質とか責任感とか創外の用事とか全てがどうでも良かった。俺は飯を食べるために生まれてきたのだ。アルの頭は食事に支配された。



「いらっしゃい」



 そして扉を開けた時、強烈な匂いがアルを襲った。今まで嗅いだことのない、香ばしい匂い。なにか、うまいものの、におい……


 アルは気絶した。



「あちゃあ……」


「アルトリウスさん!……これは一体?」



 失われる意識の中、二人の声が微かに聞こえた。





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 こいつ飯にありつくたびに気絶ばっかしててなかなか本題に入れねぇな

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グルメで無敵な冒険ジジイ〜異世界人から見た地球は、食材の宝庫でした〜 高菜田中 @takanatanaka

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