四話 ジジイ、解放される
「だから俺はボケとらん!」
「そうですね、ボケてないですよね。もう一度聞きますが今回ダンジョンにいた期間は?」
「60年!」
「そうですか、なるほどなるほど」
アルは一旦花蓮と別れ、男に個室で事情聴取を受けていた。
明らかに心配されていたが、ついていくのは流石に不可能だったらしい。
明らかに先ほどと態度が違う。鎧を脱いだ男は、得体の知れない敵を相手にする構えから、ボケ老人を刺激しないように話を聞くスタイルに変わっていた。
アルは最初こそ憤慨していたものの、実のところ既に怒りは冷めていた。
おそらく、この楽園には神の石碑のようにダンジョンの先がこことは違う世界に繋がっているという伝承が存在しないのだろう。
そして、この男を含め周りの人間の弱さから見てこいつらはダンジョンを潜り始めて間もない。
(世代が足りとらん。おそらくこの世界にダンジョンが現れたのはここ数十年の話だろう)
人間はダンジョンに適応する。有名な話だ。
アルがいた世界の人間は、数千年間ダンジョンに潜り続けたことでダンジョンに適応した。
身体は強靭になり、魔力を自在に操るようになった。それは世代を重ねるほど顕著になっていく。
無論、そうでなくともダンジョンにずっと潜り続ければ身体は強制的に強くなっていくが、大体そういう無謀者は死ぬ。
(しかし……だとしたら、なぜ数千年前からおそらくここに繋がっているであろう
おかしな話だ、とアルは感じた。
が、どうでもいいかと放り投げた。そういう面倒なことは俺以外が悩めばいいと。
「……困りましたね。正直、今時違法探索者なんてあり得ないんですよ」
男が目を伏せる。明らかに顔には困惑が浮かんでいた。
「黎明期ならともかく、今やダンジョンの入り口は24時間完全に警備を続けている。組合証を持たない人間がこれを無視して入ることは不可能だ」
だから我々のような警備が違法探索者相手に出張るのってこれが初めてなんですよね。昔はよくあったらしいですけど。と苦笑気味に吐き出した。
そういわれてもどうしようもない。そもそもアルにはここの外より来たという証拠がない、強さ以外には。
その強さもまさかここの全員をぶちのめして証明するわけにもいかない。手詰まりと言えた。
「そして一番困ったことに……アルトリウス殿、あなたどうやら戸籍が存在しない」
コセキ。先ほどこの男から聞いたが、この国に産まれ落ちた者は全員記録が取られるらしい。どこぞの誰から産まれたのかの記録を。
優れた制度だ。国が個人を管理するという点に置いて、これほど優秀な仕組みもないだろう。
ダンジョンに関すること以外の部分は、この楽園は異様に優れている可能性がある。
「本当に異世界からでも来たんですかね……」
「最初から異邦人だと言ってるだろうが」
アルは踏ん反り返ったままそう言い退けた。
「その割には、日本語が流暢すぎる」
男の言葉に、今度はアルが困惑する番だった。
「ニホンゴ?ニホンゴとはなんだ」
「……今、あなたが話されている言葉ですが」
言葉が通じることがおかしいらしい。アルは男が言ってる事がさっぱり理解できなかった。
「言葉はそもそも神より与えられたものだ。人間であれば通じるのは当然だろう」
そして男が顔を歪めた。まるで理解ができないものを見る表情で。
そして今度は人を試すかのような、意地の悪い顔になる。
「
「
男がたじろぐ。そして意地になったのか、今度は語気を強めて話す。
「
「
「なっ……」
アルは男が何をやっているのか全く理解できなかった。会話が趣味の寂しいやつなのだろうか。アルは少し男に同情した。
「外国のスパイ?いや、だとしても……」
男が訝しみ始めたところで、個室のドアをノックする音が聞こえる。
男がなんだ、と声を掛けたところでドアが食い気味に開く。
「警備長!う、上から通達が……」
「どうしたんだ、忙しない。今私は尋問中なんだが」
アルはその様子をぼけーっと見ていた。早く美味ものを食べたりいろんなやつと戦ったり、とにかく刺激的で面白いことをしたかった。
ここから出してくれたらいいんだがな。果たしてアルの願いは通じた。
「その男を解放しろ、とのことだそうです」
「……なっ。この得体の知れない男を!?」
こいつ本当に失礼だな、とアルは思ったが状況としては事実でしかないので黙っていた。
「は、はい。何かしらの手違いだったそうで……今から迎えが来るみたいです」
「……そうか」
大きなため息を男が吐き出す。アルはわけがわからんが、出してくれるなら何でもいいと思った。
男がアルに向き合い、小声で話しかけてくる。
「……せいぜい頑張れよ」
「はぁ。そうか」
なぜ励ましの言葉を送ってくるのか。アルが理解するのは、後の話だった。
アルが解放され、部屋の外に出ると花蓮が待ち構えていた。
アルを見かけた途端立ち上がり、手を振ってくる。
「アルさん!よかった!無実が証明されたんですね!」
「どうやらそうらしい。あの男は迎えがくると言っていたぞ」
迎え?と花蓮が呟いた後、コツコツと足音が聞こえてくる。
自分の身体を完全に制御した者の足音。アルは楽園にもマシな奴がいたかと笑みを浮かべた。
そして廊下の向こうから現れたのは、1人の全身茶色の服を着た恰幅のいい男だった。
「えっ……あの人って……」
「はじめまして。天内さん、そしてアルトリウスさん」
恰幅のいい男が話しかけてくる。
油断ならない雰囲気をしていた。気を抜けば、骨の髄までしゃぶられる。老獪な狸。そんなうっすらとした予感。
「私は日本探索者総連合会の組合長、
人の良さそうな顔をして、男はにこりと笑った。
「御二方、美味い飯でも食いに行きましょうや」
「いきます!」
「ついていこう」
それはさておきとりあえず着いていくことに決めた。
二人は馬鹿だった。
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