三月夏夢話(みつきのなつのゆめばなし)

阿賀沢 周子

第1話

 5月の末。娘と東京国立博物館へ「蔦屋重三郎、コンテンツビジネスの風雲児」展を見に行った。NHKの大河ドラマ「べらぼう蔦重栄華乃夢噺」の筋立てにひかれてもう少し詳しく背景を知りたくなっていたからだ。


 展示内容は想像を超えて充実していた。写楽が描いた「市川えび蔵の竹村定之進」は重要文化財の役者絵。歌麿の「ポッペンを吹く娘」は教科書や本でなじみ深い美人画だ。ほかにも、見たことのある浮世絵の本刷りが惜しげもなく提供されていた。

 展示物の所蔵先は、国会図書館や国立大学の図書館、著名な個人博物館などだ。保存された資料は、時代を網羅し語り尽くす。出版文化が残した芸術は、江戸時代の人々ばかりではなく私たちをも虜にした。


 同じ日、歌舞伎座へ行った。松竹創業百三十周年「團菊祭五月大歌舞伎」と銘打って八代目尾上菊五郎、六代目菊之助の襲名披露の折しも千穐楽。

 事前に、旅程に合わせてチケットを摂ろうと、すぐにネットの予約サイトを開いたが、良い席はほとんど埋まっていた。それでも何とか二階席の午後の部のチケットを取ることができて観劇したのだ。

 5月好例の團菊祭は豪奢絢爛。独身時代以来の久しぶりの歌舞伎座だが、時の流れを忘れてわくわくする。演目は「義経腰越譲」「弁天娘女男の白波」。間に菊五郎と菊之助の襲名披露口上が入っていた。

 かつて菊之助の時、大河ドラマで義経を演じた今の七代目菊五郎など、若かりし役者たちがこぞって老年になっているのは感慨深かった。蔦重展の大首絵を見、江戸時代を引きずって、夢見心地のまま終幕となった。


 ちょうどその頃、「国宝」(吉田修一原作)という歌舞伎界を描いた映画の公開が6月と告知されていた。前評判が高いのもあり、観劇の余韻が残っているうちに見たいねと娘と話していたのだが、中旬に鑑賞することができた。

 評判にたがわず波乱万丈な展開。見たばかりの口上の有り様、主役の美しさに息をのみ、鮮烈なストーリー展開にぞわぞわし、あっという間の3時間だった。

 7月。今まさに「国宝」の原作を読み終わったところだ。大相撲名古屋場所の、関取の髷を見ていても、吉原や梨園の出来事がよみがえる。猛暑のせいもあるのか、なにやら夢の中にいるような夏。

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三月夏夢話(みつきのなつのゆめばなし) 阿賀沢 周子 @asoh

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