串カツキーホルダーとこてっちゃん
母はそういう人。
肝心なところになると良い意味で鈍感な人。
美月はデスクチェアをギシギシ軋ませながらしばしうなだれた。
そして、と反り返った体をシャキッと
「やりますか」と声に出してデスクトップ型パソコンに真摯に向かった。
まだ怖くて開けてはいないけれど、今日届いた薄っぺらい封筒の中身はきっと「振り出しに戻る」旨の通知書と自分の薄っぺらい履歴書だろう。
「ですので」美月はいちいち口に出し、自分自身に次の動作を指令した。
「新たな出会いへGO!」
新卒秋採用
で検索すると一見一流企業ばかり出てくる。しかしながら、詳細をクリックすると大体スカウトエージェントにつながる仕組みになっている。
「えー!もう!エージェントはええんジェット。」
我ながら一連の流れがおじさんが過ぎると、はっとして美月は赤面した。
風呂場からガッツ!ガッツ!みたいな歌声が聞こえる。
父が帰ってきたようだ。
あの様子だとご陽気に酔っぱらっている。
本物にはかなわない。と別の意味で呆れた。
鼻歌が近づいてくる。すぐにコンコンと美月の部屋のドアをノックする音がした。
「はい」と美月が振り返ると、おうっと父が笑った。
「これ、みりちゃんのお土産。大阪にいってたらしいわ。」と串カツキティちゃんのキーホルダーを顔の隣で振った。
キティちゃんとキティちゃんの恋人ダニエルと双子の妹ミミイちゃんが3人ともそれぞれ串カツになったデザインで、みりちゃんのお土産センスが光っている。
みりちゃんのお父さんは父の幼馴染で小学校からずっと一緒だ。父はみりちゃんのお父さん頼みと言っていいほど行動を共にしている。同じ会社に入り、同じタイミングで同じ場所に転勤しいつも一緒にいる。今日も一緒に飲んでいたのだろう。
美月は父の顔をひっかくほどの勢いでその可愛いキーホルダーを受け取った。
父はよけながら
「みりちゃん、ええとこに就職決まったみたいや。ミツカンやて」と淡々と言った。
美月は嬉しそうに「ええ!みりちゃんすごいね!」とのんびり言った。
父はちょっと痰が絡んだ様子で
「美月はどないや?」と聞いた。
美月ははっと我に返り項垂れながら
「今日第三希望の会社から封筒が届いたけど」と封筒を父に見せた。
「そうか。開けたんか?」という父の問いかけに食い気味で
「まだ明けてない。今開ける!」と机に置いていたハサミでそそくさと開封した。
株式会社×× 新卒採用担当の駒田です。
この度は、数ある企業の中から弊社の新卒採用選考にご参加いただきありがとうございました。
ご応募いただいた書類について社内で厳正なる選考を行った結果、
誠に残念ではございますが、今回はご希望に添えない結果となりました。
ご要望に添えず大変恐縮ですが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
なお、ご提出いただいた履歴書/ポートフォリオにつきましては、履歴書に記載されております住所へ返送いたします。
末筆ではございますが、貴殿の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
父と美月はおんなじ形の三白眼でその薄っぺらいA4の三つ折り用紙をにらみつける様に見入った。
「第一志望、第二志望、第三志望、全滅っちゃんです!」としびれながら美月が言った。
父も一言「こてっちゃん」と項垂れて部屋を出た。
部屋に取り残された美月は、振り出しに戻る用紙を片手に握ったまま
「こてっちゃん」と呟いてベッドに突っ伏した。
晩夏光に赤くピンキー キン セイカ @KINNSEIKA
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