第10話 仇敵

 翌日、僕とゼルドは二人並んで宿の床に座らされている。目の前には、厳しい表情で腕を組んでいるフォスがいる。


「…………」


 フォスは完全に怒ってる。チラッと顔を見て、睨み返されたから僕は慌てて俯く。


 昨日の話をギルドの裏の仕事と言う部分は伏せてだけど、ゼルドの怪我をどうにかしてもらうためにフォスに伝えないといけなかった。怪我をするような危険な依頼を手伝った、ということを。


 ゼルドのケガの手当ての終わった後で、僕たちは二人並んでこんな風にフォスの前に座らされた。


「さてと——」


 フォスの低い声が頭の上から聞こえてくる。いつもよりも低い声に、ビクッとしてしまっていると頭に衝撃を受けた。


「……いて」


 頭を押さえていると、隣のゼルドは僕よりも強く頭を叩かれたのか、大袈裟に痛そうに地面を転がっている。


 心なし嬉しそうな表情に見えるのは気のせいかな?


「全く、そんな大怪我をどんな依頼を受けたらするんだか」


 睨みつけられて、僕は頭の後ろに手を当てながら言う。


「強い人が相手にいたんだ。この街の騎士団長さんくらいに……いて。なんで、また叩くんだよ!」

「危ない仕事だったんでしょ! 私の知らないところで男二人で怪我して帰ってきて……心配する身にもなってよね」

「…………」


 そう言われてしまうと、言い返せない。


 確かに、フォスの言う通り危ない仕事だった。相手にはアンシュさんっていう化け物みたいに強い人もいたし、自分を魔神とかいう魔物もいた。


 ゼルドの怪我はひどかったから、見た目で大変だったってことはわかる。僕はゼルドほど怪我はしてない。


 でも、ゼルドがやられてる場面を見て取り乱して、死にかけた。故郷の両親が守ってくれなったら、僕もゼルドも今頃ここにいないかもしれない。


 そう考えると——


「……フォス、ごめんなさい」

「ヴィントはよく泣くわね——」


 そう言って、フォスは僕の頭に手を乗せて笑みを浮かべる。


「——でも、これに懲りたら反省してよね。一緒に故郷に行くんだから」


 フォスの故郷に行く約束もしたし、フォスに僕の故郷に来てもらう約束もしてる。それに、僕はフォスに伝えたいことがあるんだ。


 その前に、フォスの前からいなくなるなんて絶対に嫌だ。

 

「……うん、本当にごめんなさい」

「よろしい——ゼルドさんも、あんまり危険なことしないでくださいよ? 私の薬だって、万能じゃないんですからね」

「わかってるよー」

 

 ゼルドは頷いているけど、それは少し難しいかもしれない。


 裏の仕事はきつい仕事が多いと、昨日の夜に教えてくれた。


 依頼人にクランクさんたちに盗まれたものを返しに行った後も、依頼人は嬉しそうにしていたけど、ゼルドの怪我のことを慮っているようには見えなかった。


 まるで、やってもらって当然だと言うように。


 ゼルドは死ぬかもしれない怪我をして取り返したのに、って僕は怒りたくなったけど、ゼルドに制された。


 これがいつものことだ、って。


 そんなのおかしいよ、って僕は思ったけど、ゼルドが気にしてないのに僕が怒るのもおかしいと思って堪えた。


 でも、フォスのように心配してくれる人もいる。


 それに——


「イディアさんだって——」


 心配するかもしれない、と伝えようと思ったけどその前にゼルドに口を塞がれた。


「余計なことを言うなヴィント! 俺は、別にイディアさんのことが……」

「……俺の孫がなんだって?」

「えっ、あー、いや……」


 僕たちの騒ぎを聞きつけた様子のアクスさんも、この場にやってきた。アクスさんの睨みを受けて、ゼルドはしどろもどろになっている。


 そんな様子を眺めていると、フォスが僕の隣にしゃがみ込んだ。


「ねぇ、さっきの約束だけど……ヴィントさえ良ければ、今日にでもいければと思うんだけど、どうかな?」


 フォスの顔が上気しているのが見てわかる。そんなフォスの顔を見ていると、僕も全身が上気してくる。話の内容も、その気持ちを助長する。


 すごく嬉しい!


「僕はいつでも大丈夫だよ! じゃあさ、フォスの故郷に行ったら僕の故郷にも一緒に行こうね!」

「……うん。心の準備をしておくわ」

「心配しなくても大丈夫だよー。魔物が襲ってきても、僕が倒すからさ!」


 笑って言うと、フォスも安心してくれたのか、笑みを浮かべた。


 フォスと笑い合っていると、アクスさんとの会話を切り上げたゼルドが、僕の肩に腕を回してきた。それから、耳打ちをしてくる。


「……おいヴィント、フォスちゃんといい感じじゃねえか!」

「そ、そんなこと……あるのかな?」

「あるだろうが! くそっ、羨ましすぎるぜ!」

「ゼルドは、イディアさんに気持ちを伝えてないの?」


 僕の質問に、ゼルドは肩を落とした。


「……は、恥ずかしくて、できねえよ」

「そうなの? 昨日のゼルドはかっこよかったのに……」


 そんな話をしていると、宿の扉がバンッと開いた——というか、爆発して吹き飛んだ。


 一体何事だろうと思っていると、ゼルドは素早く僕の肩から離れて、宿の入り口まで駆け出した。


 少し遅れて入り口を見ると、イディアさんが立っているのが目に入った。でも、いつものようなにこやかな表情じゃない。


 目からは涙が流れている。それなのに、肩が上がっていて怒っているようにも見える。なんだか不安定な感じだ。


 フォスと並んでイディアさんの方を見ていると、ゼルドに抱きついた。一瞬ドキッとしたけど、ただならない雰囲気だからすぐにその気持ちは吹き飛んだ。


「ゼルドどうしよう! 騎士団が、エイスが……」

「イディア落ち着け……何があったんだ?」


 いつもは敬語で話している二人だけど、今は幼馴染の時の状況で砕けた口調で話している。


「『ラーヴァ山』に行った騎士団が帰ってきたんだけど、エイスとラッセルくんはみんなを守って、怪我をして意識がないの」


 イディアさんの話を聞いた僕は、息を呑んだ。


「あのエイスが!? つーか、ラッセルもいたんだろ? 山に出現した魔物ってそんなに物騒な奴なのか?」


 イディアさんは首を振る。


「わからない。でも、エイスが撤退するような相手——親友を傷つけた相手を私は許さないわ。とりあえず、これだけ言いにきた」


 そう言って、イディアさんは僕に何かを投げてきた。


「後これ、ラッセルくんが持ってたの。ヴィントくんに渡して欲しいって頼まれたから、渡しておくわね」


 受け取ったものは、僕がブラウくんから頼まれた『ラーヴァ山』で採取できるという、綺麗な宝石だった。


「これ……」


 約束を守ってくれたんだ——でも、怪我をして……僕も涙が止まらなくなる。


「じゃあ、おじいちゃん、ちょっと行ってくるわね」


 そう言って、イディアさんは魔力を爆発させて、目にも止まらぬスピードで宿から出ていった。


「お、おいイディア! 冷静に——」

「マスター、とりあえず俺イディアさんを追いかけます!」

「……頼む」


 イディアさんに遅れて、ゼルドも駆け出した。


 僕は……。


 僕は、どうしたらいいんだ。


 あのエイスさんやラッセルさんを倒すような魔物を相手に、イディアさんとゼルドが挑みに行こうとしている。


 山で感じた魔物の魔力は、平原から少しだけ感じ取れただけでも、強大なものに感じた。エイスさんたち騎士団でも倒せなかった相手だ、イディアさんとゼルドも危ないかもしれない。


 でも……。


「ヴィント、こんなところでぼさっとしてる場合じゃないでしょ!」

「フォス……」

「故郷は逃げたりしないわ! それよりも、今はイディアさんたちを助けないといけないでしょ!」


 フォスの言葉に僕は頷く。


「私は、エイスさんやラッセルさん——騎士団の人たちの治療に行くわ」

「フォス、頼んだ」


 アクスさんもフォスにお願いしている。


 泣いてる場合じゃない。僕には、僕のできること——エイスさんとラッセルさんの仇を取る。それから、イディアさんとゼルドを助ける。


 その上で——僕は腕で顔を拭う。


「僕は、魔物を討伐しに行きます」

「ヴィントも頼む——ギルドランクもBに上げておいてやるから気にせず行ってこい!」

「ありがとうございます!」


 駆け出す僕の背中にフォスの声が届く。


「絶対に無事に戻ってきてよ!」


 僕は、フォスの声に振り返らずに手をあげて相槌を打った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月10日 20:12
2025年12月17日 20:12
2025年12月24日 20:12

無自覚系最強魔法剣士は故郷を離れて無双する!! 赤松 勇輝 @akamatsuyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画