第9話 謝辞

 拳を振り抜いた格好のままで、僕はクランクさんを睨みつける。


「……ゼルドをどうしようとしているんですか? まさか、人質になんてしようとしてませんよね」


 クランクさんは僕の指摘を受けて、肩をビクッとさせている。


「そ、そんなことは……」

「じゃあ、ゼルドを離してください」


 それでも、クランクさんは離れようとしないから、僕は拳を握って魔力を集約してみせる。


「さもないと、今のもう一発撃ちますよ」

「……ひっ!?」


 脅すような物言いは好きじゃないけど、あんまり考えて動く気力がまだ復活しないから、短絡的な物言いになってしまうけど仕方ない。


 怯えるクランクの元まで歩み寄って一瞥した後で、そばで気を失っているゼルドの横にしゃがみこむ。


 わずかだけど、息はしている。


 早く、治療しないと——でも、誰を頼ればいいんだ? 


 ギルドの裏の仕事を知っているのは、アクスさんだけだ。それに、フォスなら回復できるアイテムを作れるはずだ。


 とりあえず、急いで宿に戻ろう。


 その前に——僕は、そばで尻餅をついて怯えるクランクさんに手を差し出す。


「な、なんだその手は?」

「ゼルドが回収しようとしていた、あなたが盗んだもの、渡してもらえませんか?」

「……ッ!?」

 

 クランクさんは黙っている。僕も押し問答をするつもりはないから、手だけを差し出す格好で黙ってクランクさんを見る。


 というか、疲れたから会話をする気力が湧かない。


 クランクさんは逡巡している様子で、唇を噛んでいる。それだけ、クランクさんにとっては大事なものなのかもしれない。だけど、どれだけ大事であったとしても結局は盗品だ。


 そんなに欲しいものだったら盗むんじゃなくて、それこそアンシュさんの言う通り、正々堂々と交渉でもすればいいんだ。


 黙ってクランクさんを見ていると、拳で一度床を殴りつけた後で立ち上がった。それから、部屋の奥から透明な多分ドラゴンのものだろう髑髏の置物を持ってきた。


「これだよ、希少なドラゴンの水晶髑髏だ!」


 は?


「こ、こんなもの……」

「こんなものとは何だ!?」


 クランクさんは叫んでるけど、僕の耳には入ってこない。


 こんなものを取り戻すために、ゼルドはここまで傷つかなきゃいけなかったの? 


 ギルドの裏の依頼だか何だかわからないけど、死ぬかもしれない危険な仕事の結末が、こんなガラクタを取り戻すためなんて……。


 ゼルドが浮かばれないじゃないか。


 何だかわからないけど、涙が止まらない。


「……だ、から、どうしてヴィントが泣くんだよ」


 下を向くと、ゼルドが表情は険しいけど、気がついた様子が目に入った。


「ゼ、ゼルド!?」

「死人をみるような目で見るなよ、俺は生きてるんだぜ?」

「あぁ、よかった! 僕、ゼルドが死んじゃうかもしれないって思って……」

「は、ははっ、俺はそう簡単には——いや、今回は死んだと思ったけどな。目の前で悪魔召喚された——痛ってええええええ! ヴィント、俺は怪我人なんだぞ、急に抱きつくなよ!」


 僕はゼルドを抱きしめたけど、ゼルドは痛みからか絶叫をあげていた。


「ご、ごめん、嬉しくてつい……」

「分かってるよ——」


 そう言って、寝転びながらゼルドは僕の頭に手を乗せてきた。


「——お前は俺の最高の友達だ」

「……うん」


 笑い合っていると、視界の端で何かが動くように感じた。


「……って、どさくさに紛れてどこに行こうとしてるんですか? あなたにはまだ聞きたいことがあるんですからね」


 クランクさんが、僕たちの様子を見てこの場からずらかろうをしていたから、すかさず声をかける。ゼルドの無事が分かった今、僕はいつもの調子を取り戻した。


 気を張ったり、殺伐とした雰囲気はあんまり好きじゃない。


「さっきの魔物——悪魔でしたっけ? あっ、でも本人は魔族とか言ってましたけど、結局あれは何者だったんですか?」


 クランクさんは舌打ちをした後で、僕を睨みつける。


「悪魔は悪魔だ、それ以上もそれ以下もない——本当だ、物騒な目で見てくるな! 悪魔は、人と契約を交わすことで召喚することのできる異形の生命体だ!」


 僕にはクランクさんの言ったことの真偽を確かめる術はない。でも、ゼルドは分かっているのか目が合うと僕に頷いてみせた。


「あいつの言ってることは概ねあってる。だからこそ、お前はヴィントに感謝しないといけないはずなんだけどな」

「どうして? 僕、クランクさんにお礼を言われたくないんだけど」


 友達を傷つけた相手にお礼なんて言われても、全く嬉しくない。謝罪なら聞かないこともないけれど。


 そんなふうに思っていると、ゼルドはニヤリと笑みを浮かべた。


「あいつは悪魔と契約をした。本当だったら、あの悪魔に命を奪われたんだぜ?」


 ゼルドの言ったことにクランクさんが怒鳴る。


「何を言っている!? 確かに私はあの悪魔と契約をした。だが、私の命と引き換えにお前らを倒せなどとは契約していない! 私が奴と契約したのは私のコレクションと——」


 クランクの怒りに対して、ゼルドはため息を吐いて言葉を遮った。


「悪魔がそんな話に乗るわけないだろ? 悪魔との契約は基本的に命だ。お前はさっき本当だったら死んでたんだ」


 でも、とゼルドは寝転びながら僕の頭に手を乗せてくる。


「ヴィントがあの悪魔を消滅させたからお前は生きてる! そのことだけは忘れるな」

 

 クランクはその場に崩れ落ちた。何だか憔悴しきった様子だ。


「……ゼルド、今の話本当?」

「マジ。悪魔なんて、そんなもんだぜ」


 そうなのか。


 まぁでも、さっきの悪魔はクランクさんのために倒したわけじゃない。ゼルドのことを助けるために倒しただけだから、貸しを作るつもりもない。


 でも、一つだけクランクさんには言っておきたいことがあるんだよね。


 僕は憔悴して、へたり込んでいるクランクさんの元まで歩み寄る。チラッと顔を上げてきたクランクさんにはさっきまでの余裕そうな表情はすっかり消え失せている。


 追い打ちをかけてしまうようになってしまうけど、僕はクランクにこれだけは伝えないといけない。


「今度、ラピスさんに、孤児院にちょっかいを出したら、クランクさんが呼び出した悪魔みたいに僕がクランクさんを倒さないといけないので、やめてくださいね」


 言い終わった後に笑顔を浮かべたんだけど、クランクさんは頷きながらその場に倒れ込んでしまった。


 なぜだか泡を吹いている。


「あれ? 気絶しちゃった」


 何でだろうと思ってゼルドに頭の後ろに手を当てて顔を向けると、盛大に笑い声を上げていた。



 依頼人の元にそっとクランクか達から盗まれたものを返して、ゼルドをおぶって宿に戻った頃には、うっすらと夜が明けようとしている頃になっていたけれど、アクスさんがいつもの安楽椅子に座っていた。


「……今回は大変だったみたいだな」


 アクスさんが声をかけてきた。


 僕はゼルドと顔を見合って、それからゼルドは苦笑いを浮かべた。


「正直、今回はきつかったですよ。ヴィントがいなかったら、死んでたかもしれません」

「……そうか」


 そう言って、アクスさんは椅子から立ち上がって——


「あ、アクスさん!? 頭を上げてください!」


 ——僕たちのそばまで歩いてきて頭を下げてきたから、僕は慌ててアクスさんに頭を上げて欲しいことを伝えた。


 頭を上げてくれたアクスさんの眼差しは真剣そのものだったから、気持ちを誤魔化すために頭の後ろに手を当てる。


「ゼルドからギルドの裏の仕事のこと、聞きました」

「……そうみたいだな」

「ゼルドに頼まないといけないことも……」


 アクスさんが宿の仕事に専念するために、イディアさんに代理とはいえギルドマスターの座を引き渡した。


 でも、担当したばかりで負担が大きいから、裏の仕事のことはイディアさんに伝えられていない。それをゼルドがイディアさんのために引き受けていることを。


「その上で、今回は手伝ってくれたんだな」

「…………」


 素直に頷くことはできずに、僕は俯いた。


 ギルドの裏の仕事というのは、表向きにはあまり良くないことだ。それを手伝うことを、快く引き受けることは僕にはできない。


 今回はたまたま盗まれた品を取り返すという内容だったけれど、それ以外の内容もゼルドはこなしているみたいだ。


 内容を聞いたら、今回みたいに僕は手伝うことはできないかもしれない。


 今回は、ゼルドのことはもちろんだけど、相手がラピスさんや孤児院に対して悪さをしようとしていたクランクさん達だったからというのもある。


 暗殺なんて、手伝ってと言われても僕には絶対にできない。もし、ゼルドがやろうとしているのなら止める立場に回る。その上で、依頼人に話を聞いてどうにかできないか、話に行く。


「……今回だけになると思いますけど」

「それでもだ」


 アクスさんが僕の頭に手を乗せて、いつものようにクシャクシャとしてきた。


 顔をあげると、アクスさんの表情はいつも通りで変化はないように見えるけれど、どこか嬉しそうな表情だ。


「前の約束を守ってくれて、その、ありがとうな——ヴィント」

「…………」


 あっ、初めてアクスさんが僕のことを名前で呼んでくれた。


 いつも、坊主って呼ばれていたからそれに慣れてたけど、アクスさんから名前で呼ばれると何だかこそばゆい。


 でも、すぐに嬉しい気持ちが湧いてきた。なんだか、アクスさんから認められたような気がして。


「へへっ、はいッ!」


 僕は笑顔をアクスさんに向けた。

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