君が朝を好きだといったから

カズホ

君が朝を好きだといったから

 この夏、僕は恋をした。

誰が誰を好きになったとか、どう気持ちを伝えるかとか。仕事柄、そういった話は耳慣れていたけれど、自分にとってもはや無縁のことだと思っていた。


今日は、いわゆる「合コン」だ。総勢60人ほどの男女が、出会いを求めて集まってくる。

最近ではあまり聞かなくなった言葉だが、「街コン」と呼ぶ方がしっくりくる。

会場では、参加者たちが今か今かと前のめりになっている。

その熱気を冷静に眺めながら、静かに気合を入れていた。スタッフとして。


一通りの説明を終え、好みに合わせてマッチングをしていく。

残念ながら、ペアが成立せずに去っていく人もいるが、全体としては大盛況だった。


僕の仕事は、ここからが本番だ。ペアが成立しなかった彼女たちの魅力を引き出し、次はお見合いという形で紹介していく。

街コンはお見合いへ自然に接続する。よくできた仕組みだ。

手厚いサービスだと感じているし、少し誇らしさすら覚える。

これが、この仕事のやりがいなのだろう。


「魅力を引き出す」とは。

基本的には、どんな子なのか、好きなものは何か、どこ出身なのか――。そんなポートフォリオを取ることだ。

大げさに聞こえるかもしれないが、実のところは、定期的に彼女らと連絡を取り続けるだけである。


彼女たちとは、好みに応じたグループ分けのうえで、順に連絡を取ってく。    

今回は、いつもより多い。30人もの女性たちだ。

まずは感謝とサポートを伝えるメッセージを送るが、返信はあったりなかったり。

それでも、誰かが前を向けるようにと、少しずつ距離を縮める。それが僕の仕事だった。




次の週、参加されたお客様の様子を伺う懇親会がオフィスで開かれた。
順調に進んでいるか、悩み事はないかなど、アフターケアも欠かせない。

今回でいえば、多くのお客様が良い兆しを見せていた。


「最初は気づかなかったけど、魅力が見えてきた」


「これからもっと可愛くなってほしい」


「一緒に歩んでいきたい」


どれも前向きで、こちらとしても嬉しい報告だった。


ただ、少し変わっているのは、いわゆる「売れ残り」と言っては失礼だが、30人の彼女たちもその場にいることだ。


もちろん、相手をするのは僕。いや、しなくてはならないのは僕だけだった。


とはいえ、メインの業務で手一杯の状況で、彼女たちに構っている暇はほとんどなかった。
最後の最後に、ようやく「おつかれ」と声をかける程度。


その後も、お客様の進捗確認は事細かに行う一方で、彼女たちとのやりとりは業務の片手間。


一日一回、連絡を取れば良いほう。ごくたまに、思い出したかのように仕事終わりに食事に誘う。そんな日々がしばらく続いた。




梅雨かどうかも曖昧なほど、強い日差しが照りつける六月。
彼女たちのうち、誰かを紹介するという場面が訪れた。

表面的には関わりがあったものの、胸を張って勧められるような関係性が築けたとは言えない。



当然ながら、お客様が次々と成功を収めていく中で、僕と彼女たちの関係は、夏の熱気とは裏腹に、いつしか冷め切っていた。


そもそも、業務として云々、むしろ裏方と親しくない方が云々と業務そっちのけの言い訳なら山ほど出てくる。


それでも仕事は仕事だ。お客様の希望に応じて、いくつか紹介した。


今回、紹介したうちの一人は、小柄で謙虚な彼女だ。少し恥じらう姿が魅力的で、照れながらペコペコと頭を下げてお客様のもとへ向かっていった。


もう一人は姿勢が良く、笑顔が素敵な彼女。これから太陽のようにまぶしい笑顔を振りまいてくれるに違いない。



五月の会に参加されたお客様たちとは、その後も良好な関係を築いてる。   

彼女らとの関係も良好だ。毎日連絡を取り合い、こちらから食事にだって誘うようになった。


順調な一方で、お見合いの紹介は、静かに役目を終えようとしていた。

いよいよ「契約解除」して新陳代謝を図らなくてはいけない。業務として、新しいサイクルを回すのだ。


そうなると、「売れ残り」の彼女らはどうなるのか。
晴れて自由の身になる、というのとは少し訳が違うのかもしれない。

彼女らにとって当社のサービスとは、素敵な出会いを提供するだけにとどまらず、食事代・交際費を当社が負担するという至れり尽くせりのサービスだからである。


任期満了、契約解除。確かに契約どおりだ。 

けれど、ここまで手厚くフォローし、関係を築いてきただけに、その事実があまりにも無情に思た。   




オフィスに戻ってふと後輩にぼやく。


「私、そういうのはパスです。情が湧かないんですよね。動物なら可愛がりたくなるけど。まあ、確かに悪くないですよ。でも、自分が頑張るところじゃないかなって。」

挙げ句には、「だから、あとは先輩よろしくお願いします。『僕がなんとかします!』って感じで」と、まるで冗談のように背中を押された。


結局、すべては僕に託された。契約が終わってしまっても、実際、仕事とは別に紹介をすることだってできる。  

副業可の当社の就業規則においては、
副業が認められているうちの会社なら、彼女たちが望めば――いや、僕が許せばできることだ。


紹介サービス自体はおしまい。彼女らともお別れ、さよなら、ともいかず、
もう少しだけ、業務とは切り離して、個人的にやり取りを続けることにした。




七月。お客様から、嬉しい報告が続々と届くようになった。


「ずっと温めてきた思いが、ようやく花ひらいた気がしす。」

「これまでの努力が実を結びました」
そんな言葉に、自然と笑みが溢れる。心の中にも、少しずつ変化が生まれてきた。


それは、懇意にする人ができたことだ。


懇意にとは言っても、彼女らの中ではよく話す、目が合うと手を振るという感じで。


恋人にしたいとか付き合いたいとか、そういうものではい。

もっと曖昧で、それでいて、もっと明るい感じだ。
「推し」と言えば軽く聞こえるかもしれないが、まさにその言葉が一番近い気もする。


すらっとした色白で、少しウェーブのかかったロングヘアの彼女が「推し」である。
まだ垢抜けきらない雰囲気があり、どこか芋っぽさも残っている。


素材はいい。けれどまだ、整っていない。例えるなら、「メガネを外せば美人になるのに」とでも言えばいいだろうか。



それでも彼女には、不思議と目を奪われた。

また、成功していく人たちを見るたびに、
自分の隣に推しの姿が並ぶ未来を重ねてみたりもした。




そうなればもう、これまでを取り戻すかのように万物は加速する。


他の子よりも少し優しく、何をするにも彼女を最初に。


周囲に好意が伝わっても構わないと。


距離を縮めていくのが、いつの間にか自然なことになっていた。



「一人暮らし。始めてみたら?」
前々から思っていたことが、ふと口をついた。


彼女は出会った頃と比べると、日に日に明るくなっていた。

笑顔も増え、声にも張りが出てきた。


けれど、その変化の奥に、どこか影のようなものが残っている気がしていた。


元をたどれば、彼女は選ばれなかった子だった。

あまりものの一人。
明るく振る舞ってはいても、自己肯定感は低く、何となく元気も少し足りない気がした。


だからこそ、環境を変えてあげたかった。
彼氏でもスタッフでもない僕が、それでも彼女に「幸せになってほしい」と願っていた。

彼氏ヅラだって、何だって構わない。



彼女のために、できることをしたかった。それだけだった。

引っ越しといっても、遠くへ行くわけではない。


朝が好きだと笑顔で話す彼女のために、
南東にベランダのある部屋を探した。


心も体もリフレッシュできそうな、そんな空間だ。


数日後、彼女は軽やかな足取りで実家を出て、新生活を始めた。






新居で彼女はいつも朝日の差し込む窓際で、長い髪をくるくるといじりながら、鼻歌まじりに紅茶を飲んでいた。


そんな姿に一層惹かれ、忙しくても通い、心を通わせた。


もう、それは仕事ではなかった。


慈しむ気持ち、それだけだったのかもしれない。

お客様たちはサービス期間を終え、自由な恋愛へと進んでいった。


僕の役割も、一区切り。
その一方で、僕と彼女だけの時間はより深まっていった。




小学校でいえば、夏休みを迎える頃。
彼女は垢抜けて、誰もが振り返るような美しさをまとっていた。


その姿に、僕は二つのイメージを重ねる。


ひとつは「無垢」。
派手さこそないが、ただ静かに目を惹く姿。


見つめていると、心がすっと静まる気がした。
言葉にならない、穢れのない美しさがそこにあった。


もうひとつは、ある人の面影。


誰か特定の人物ではない。
けれど、つい手を差し伸べたくなるような、そんな温かさ。
彼女には、それがあった。




もう気持ちは抑えきれなかった。
もっと広く、もっと居心地の良い場へ。

そう願い、彼女のために部屋を借りた。


彼女は「箱入り娘」だから、一人暮らしにも関わらず遠出は難しい。


でも時間が許す限り、たくさん遊んだ。


髪を左右どちらに流すか、なんていう痴話喧嘩もした。


右に流すのが好みだったけど、翌日にはしれっと元に戻してた。

そんな姿も愛おしかった。


一番の思い出は、アートを楽しんだことだ。たくさんの色を作り、作品作りに没頭した。
鮮やかな紫ができた時には、思わず手を取り合って喜んだ。


会える時間も限られていたけれど、それでも十分だったのかもしれない。


彼女を見ているだけで、話すだけで、愛おしかった。


僕は彼女のことをもっと知りたくなった。
兄弟や親の話、好きなこと、苦手なことなど。リサーチも欠かさなかった。



その美しさに惚れ込み、何枚も写真を撮った。


恥ずかしくて、ツーショットを撮ろうとは言い出せなかった。
あまりにもベタだけれど、スマホの待ち受けには、彼女の姿があった。


ベストショットは3枚。でも、画面には2枚しか設定できない。泣く泣く選んだ2枚。




このままずっと、この時間が続けばと、何度も願った。


それほどに、美しくて、手放したくない日々だった。



だが、現実は容赦ない。
仕事の都合で、しばらくこの地を離れなければならない。


僕にとっては「少しの間」かもしれないが、彼女はこの空白を一人でどう過ごすのだろうか。


以前、忙しい時期があり、しばらくの間会えない期間があった。


久しぶりに会う彼女は、どこか少しやつれている様子だった。


たまたまかもしれないが、自分のいない時期と、彼女が外部から受ける刺激が強すぎるタイミングが重なったのである。
その後、彼女が体調を崩すことはなく、平気そうに振る舞っている。



でも、僕にとってその一回は、とてつもなく重い一回なのだ。


だからこそ、彼女は一人で大丈夫だろうか。


過保護にしてきた分、余計に不安が募る。
いつものように可愛い笑顔を絶やさない彼女を見ながらも、寂しさを感じている。



「帰ってくるまで元気でね」と伝えた。


「……」


表情の見えない彼女を前に、心の奥底では、支えられていたのは実は僕のほうだったと気付かされた。


これから、どうするのか。何を望むのか。
覚悟を決めきれず、ここまで来てしまった。


次に進むのが怖くて、「好きだけど、終わりかもしれない」とさえ思っている。



彼女が一番美しく映える、朝日が差し込む早朝、僕はこの地を後にした。



そう、この夏、僕は恋をしていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が朝を好きだといったから カズホ @morningglory11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ