月の光だけが降る夜
@Kzzyy
月の光だけが降る夜
「ほら、そこにもいるよ?」
隣のカナはそう言って細い指をさす。
今でも体の奥に残るカナの声。
「どこだよ?」
僕は焦れた言葉で返した。
このやりとりをこの場所に来てからどれくらいやってるのだろう。
夕方には来ていたはずなのに辺りはすでに真っ暗になっている。
何で分からないのと言わんばかりにカナは得意気に僕を見て笑っている。
「見えるまで帰れないよ?」
カナが冗談っぽく言った言葉さえも僕は悔しくなった。
「蛍って本当に飛んでるのか?俺だけ見えないとか?」
そんな皮肉を僕はつぶやきながら、チラッと僕は腕時計を見る。
それに気がついたカナは
「時間気になる?」
「いや、まぁー家でやらなきゃいけない仕事があるから。」
カナは僕の横にゆっくりと腰をおろし、
「仕事大切だもんね、でも少しは自分の体の事も考えてあげてね。」
その後に続く言葉はなく徐々に暗闇に包まれる空をぼんやり2人で見ていた。
ふと幼い頃を思い出した。
見つけようとするといつも見つけれなかった思い出。
空を飛ぶ小さな飛行機、海を素早く泳ぐ魚。
周りはすぐ見つけれていたのに僕だけが見つけれなかった。
いつも肝心な所を見落としてしまっていた。
そんな僕はカナと出会う。
カナは僕と真逆で観察力が鋭く、何かを見つけるのは得意だった。
色々な事を知りたがり、人との時間を大切にする子。
僕が見落とすとカナが決まって言う言葉があった。
「見えてないわけじゃなく、見ようとしてないだけ。」
そのカナの言葉は僕の中で強く響いた。
告白をしたのは僕からで、知り合って一年が過ぎた頃だった。
告白をした時でさえカナは「遅いよ、鈍感」と少し怒っていた。
カナはなにより僕との時間を大切にしてくれた。
5分しか会えないと分かっていても会いに来てくれた。
僕が家で遅くまで仕事をしていると、隣に座ってきてそのまま僕の肩を枕代わりにしてウトウトしていた。
「明日起きるの早いんだろ?ちゃんとベッドで寝た方が良いよ?」
肩から少しずつズレ落ちていくカナの姿に気がついて僕は声をかけた。
「大丈夫、邪魔じゃなければ少しこのままでいさせて」
そう言ってまたカナは目をつぶった。
いつの間にかズレ落ちたカナの頭は僕の膝の上に乗っかっていたが妙に居心地は良かった。
仕事が終わり僕もそのまま寝てしまったらしく、起きると肩には布団がかぶされ机には僕の大好きな玉子サンドとコーヒーが用意されていた。
その横には「お疲れ様、体調気をつけてね」と書かれていた小さな紙。
僕のスマホは充電されていて、朝の用意でネクタイを探さないようにとドアにスーツと一緒にかけてあった。
物を探す事が苦手な僕と分かっててカナが全部やってくれたのだろう。
探す事が得意で先回りをしてくれるカナ。
探す事が苦手で気がつけない僕。
カナの優しさも、一緒に見ようとした蛍も気がつけなかった。
僕はいつも見落としてしまうんだ。
自分に必要なものほど、、
先月四年付き合ったカナと別れた。
慣れない仕事を任されその重圧に耐えれなくなりカナに八つ当たりし始めた。
それでもカナは許してくれて「2人で家に居る時ぐらいは仕事を忘れて」と言ってくれた。
そんなカナの許しさえ僕はプレッシャーに思えた。
会社で寝泊まりして家に帰らない日が続いた。
たまに家に帰ると机の上には玉子サンドとコーヒーが用意されていた。
いつ帰るか分からない僕のために。
小さなメモには、ご飯はだけはしっかり食べてねと書いてあった。
仕事から離れられなくなった僕を見て何を思ったんだろう。
家に帰らない時間は2人の距離を表した。
カナはそんな僕の気持ちを察して別れを告げてきた。
仕事の事しか頭にはなく、別れたかった僕の思いに気がつき、別れたくなかったカナが終わりを決めた。
別れる間際さえカナは、
離れようと言ったのは私なのに今日で最後だから出来るだけ一緒にいさせてね、と悲しく笑った。
カナと別れて半年、
僕は仕事ではミスが多くなり、家での当たり前の生活が独りでは出来なくなった。
気持ちの余裕を持つ事を忘れていた。
大好きな玉子サンドを最後にいつ食べたのかも忘れ、家にあるはずのネクタイも出てこない。
生活は荒れて体調も崩し上司からは「有給を使って少し休め」と言われた。
上司からの言葉で会社を早退し久しぶりに早めに家に帰った。
鏡で自分の顔を見たが、何とも情けない顔をしている。
僕は連休をとった。
昼ぐらいに起きて軋んだ体を起こす。
たまっていた洗濯物を洗濯機に突っ込み洗剤を入れて回す。
洗濯機の回る音を聴きながら部屋の片付けをした。
いつぶりだろう、仕事から離れて部屋で休んでるなんて。
カナと一緒に暮ら始めた時は休み日はゆっくりしていたのにな。
夕方になり時間に余裕が出来た僕は、いつかカナと蛍を見つけに行った場所に来た。
時間も同じ。
僕はゆっくり歩き蛍を探す。
たまに立ち止まり山の方を見るが何も見えない。
やっぱり蛍見れないかな。
雲から月が出て少し明るくなる。
僕の足元に何かがあたり、可愛い声で鳴く動物の声がした。
「何かあったのかい?」
その言葉に反応をして横を見ると綱を持っているおじいさんと足元には僕の匂いをかぐ犬。
おじいさんは僕の方を不思議そうに見ていた。
「あっ、いや、蛍を探しに、、、」
「あー、蛍かい。笑
ずっと暗い山の方を見てたから何かあったのかと思ってねぇ。」
確かに地元の人からしたら不思議に思うかな。
「前も来たんですけど、その時も見れなくて。」
おじいさんは暗闇の方を見て
「昔はよくこの辺でも蛍は見えたんだけどねぇ。」
「昔?」
「私がまだ若い時はねよく飛んでいたんだよ、蛍の光で眩しいくらいに」
おじいさんは昔を思い出すように話す。
「最近は飛ばなくなったんですか?」
「そうだね、ここ20年は見てないねぇ、
私もこの時期は妻とよく見ていたけどねぇ。」
僕はおじいさんに問いかけた。
「奥さんと見ていたんですか?」
「そうだよ。今は妻は空の上に出掛けてるけどねぇ。」
おじいさんの目が暗闇から空に向かう。
その言葉の意味を理解した僕はおじいさんの顔は見れなくなった。
ゆっくりと柔らかい風が流れる。
「今はこいつが私のお世話係だ。笑」
おじいさんはそう言って犬の頭をなでる。
犬はおじいさんの撫でられながら心地良さそうに耳を後ろに垂らす。
「奥さん蛍好きだったんですか?」
「どうだろうねぇ、虫は苦手な方だったのに蛍が飛んでる時期は嬉しそうにしてたねぇ。」
初めて会ったおじいさんなのに、その言葉の儚さにつられ僕は会話を続けた。
「可愛らしい奥さんですね。」
会った事もない人なのに奥さんの笑顔がなんなく浮かぶ。
おじいさんはゆっくり奥さんを思い出すように話す。
「世話好きでね、私がやる事にいつも何か言ってたなぁ。
そのくせ自分の事を後回しにして。」
「優しい方だったんですね。」
おじいさんは笑顔だが、その笑顔は悲しくも見えた。
「重い病気になった時も、自分は近いうにち亡くなるって分かってたんだろうなぁ。
でも情けないけど私はそんな重い病気と知らなくてね。」
少し間があいておじいさんは話を続けた
「私は外に出るのが苦手でね、でもそんな私を蛍が綺麗だからって無理矢理引っ張ってね。
蛍を一緒に見てると、見て良かったでしょって嬉しそうに笑ってたなぁ。
それからちょっとして亡くなったよ。」
おじいさんと僕を遠い雲に少し隠れた月日が照す。
たまに僕は下を向きながら返す言葉を探したが出てこなかった。
「ごめんね、初めて会った人に話す事じゃないねぇ。」
「いえ、僕も1人で心細かったんで。」
2人で一緒に軽く笑った。
「でも不思議だねぇ、蛍が飛んでないって分かっててもこの時期になると何となく蛍はいないか探しちゃうんだよ。
蛍を見つけたら妻と会える気がして。
同じ時間をまた一緒に過ごせると思うんだなよなぁ。」
「同じ時間?」
「うん、妻と一緒にいれた当たり前な時間だね。」
僕はおじいさんの言葉で気づかされた。
カナは本当は蛍なんて見つけれていなかったんじゃないか。
ただ僕との時間を作ってくれていたんだ。
一緒にいる事の理由なんて何でも良かったんだ。
あの時仕事で煮詰まってる僕を知っていたんだ。
ずっと見ていてくれた。
僕が自分の事しか考えれなかった時でも、カナは苦しい僕を分かってくれたんだ。
なのに僕はまた見落としたんだ。
僕は喉に詰まっていた言葉を出した。
「蛍、飛んでると思うんです。ただ僕達に見えていなだけで。」
おじいさんが不思議そうに聞いていた。
僕は言葉を続ける。
「僕達が今は見えてないだけで、僕達が見える準備が出来たらまた飛んで綺麗に光ってくれると思うんです。笑」
僕は少し笑いながらおじいさんに言うと、おじいさんも一緒に笑ってくれた。
その笑った声に安心したのか犬は尻尾をふって応えた。
おじいさんと別れ、僕は来た道を歩く。
「蛍、見えなかった?笑」と人をからかうように笑ってくれるカナは隣にはいない。
見えてないわけじゃない、見ようとしてないだけ、、、
今になってまた思い出すカナの言葉。
またこの場所に来る時は蛍を見れるような気がするんだ。
今はただ静かな夜に月の光だけが降り注いでいる。
月の光だけが降る夜 @Kzzyy
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