第9話 お宝発見?祖父の遺品
今から10年ほど前のこと、当時父方の祖母が亡くなったのでその家の遺品整理をする事になりました。
父はこの時すでに故人だったので私と兄と母の3人がその家へ行く事になるのですが、場所は過疎地の山中にある古い禅寺で、見た目もたいして立派にも見えない小さな建物です。
そこへ到着して早速整理を始めると、残された遺品は祖母の日用品がほんの僅かしかなく、替わりに生前僧侶だった祖父の私物が大半を占めていました。
それというのも祖父が亡くなったのはその時から15年も前でして、高齢だった祖母も特養にすぐ入ったために主立った私物はそこへと持って行き、残りがほぼ手つかずからそのような状態だったのです。
なのでほぼ祖父の遺品整理となってしまったのですが、出てくるのはやはり禅宗の古い本や掛け軸に安価に見える法具ばかり。
まあこんなもんだろうなと思いながらも家の中を色々と物色しつづけていると、その中に祖父のカセットテープが1つありました。
私個人としてはそのカセットテープがどうも気になります。
その家には古いラジカセもあったので、それを使ってまずテープを聞いてみることにしました。
坊さんだったという事から、テープからはお経が流れてくるのかと思いきや、以外にも歌謡曲のイントロが流れ出して唄が始まりました。
二人を~夕闇が~包む~この窓辺に~♪
明日も~素晴らしい~幸せ~が来るだろ~♪
流れてきた曲は加山雄三の「君といつまでも」でした。
でも歌声は祖父です。
ハッキリ言ってどうでもいいぐらいに下手で、それも音程が外れている訳じゃないただの素人が歌っているそんな下手さ。
それを聞かされている自分たちはなんとも言えない気分になり、そのまま聞き続けているとあの例の台詞が始まります。
「幸せだなあ。
僕は君といる時が一番幸せなんだ
僕は死ぬまで君を離さないぞ
いいだろう?」
……そんなこと言われてもねえ。
本人は気持ちよく歌ってるんだけど聞かされてる方はなんとも。
それとこの歌、祖母に送るラブソングにも思えません。
私の知る限りじゃあ祖母は愚痴ばっかりこぼしてたので夫婦仲そんなに良かったとも思えないのです。
正直、故人を偲ぶって雰囲気になれないです。
横で聞いていた母と兄も「何だこれ?」といった表情で黙っています。
祖父はただ単に若大将のファンだったのかなと思いました。
そして「君といつまでも」の曲が終わると、次に「ぼくの妹に」が流れ出します。
やっぱり若大将のファンだったようです。
ぼ~くの~妹な~ら~♪
これ以上聞いても仕方ないのでここでカチッとカセットを止めると再度遺品の整理に戻り、今度は意外に量がある掛け軸へと目を向けます。
軸の方はこの面々では私が一番わかるので一任されたのですが、見ると達筆で書かれた
なんて書かれているかまでは流石にわからないのですが、当時の名のある人に書いて貰ったモノが数本ありまして、年代も大正や昭和初期な事からおそらく曾祖父の遺品を引き継いだんでしょう。
ここら辺の年期が入った品はまあまあ良いとして、それ以外の軸を見ると大切にされてなかったボロのもあれば、見るからに近年作られた若い品もありました。
その若い品の1つを手に取って開いてみるとなんとそれは祖父作の墨蹟で、開いてみるとそれには達筆でこう書かれていました。
歯を磨け
健康な身体の基本は
口の中の清潔さ
是を怠れば万病の元
歯を磨け
……なんだこれ?
言っている事は間違ってはいないとは思うけど、これを掛け軸で普通残す?
しかもご丁寧に自分の
でもってその内容は「歯を磨け」。
依頼受けた軸屋さんも何だこれと思ったでしょうね。
モノによってピンキリですが、軸を作るのって安く見積もっても3~4万円はしますから。
これをわざわざ床の間に飾っていたんでしょうか?
その図って結構シュールな感じだったんじゃないでしょうか。
あとの残った品を見ると軸になる前の
それを色々と見たら本職の人が描いた綺麗な山水画と、当時は評判だったであろう画家の愛らしい狸の水墨画に、北沢楽天という手塚治虫が影響を受けた漫画家直筆の大黒様のイラスト等々。
誰が見ても出来が良く、味わいのある画でした。
たぶんこれも曾祖父の遺品なのでしょう。
でも何ででしょう?
これらを差し置いて掛け軸にしたのが「歯を磨け」ですよ?
どう考えても山水画や水墨画でしょうが。
しかし祖父が選んだのは直筆の「歯を磨け」。
私から見た生前の祖父は、本を読むことが多く洒落や冗談を言うタイプではありませんでした。至って真面目な人だったのです。
そんな人が残したモノはカラオケで歌った若大将ソング集と、達筆で書かれた「歯を磨け」の掛け軸。
たいして期待はしていませんでしたがこの結果はなんとも。
さてこの2つはどうしたものか。残しておいてもなあ……。
どうしたものか 睦月レン @dyb110324
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