第1節 発作

曲がり角の向こうから、二人の男がこちらに向かってくるのが見えた。

一人は仁。

黒のスウェット姿で、相変わらず感情の見えない顔をしている。

もう一人は見知らぬ男――いや、見知らぬはずだった。


目が合った瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

あの時の笑い声、手の匂い、冷たい鎖の感触。

焼けるような痛みが足首に走り、視界が揺れる。

その顔は、幼い自分を地獄に引きずり込んだ誘拐犯と重なっていた。


「……あ……」

声にならない声が喉で途切れた。

次の瞬間、膝が崩れ落ちる。

呼吸が浅く速くなり、耳の奥で金属が擦れる音が響き続ける。

廊下の景色が狭まり、色が抜けていく。


看護師たちが駆け寄ってくる。

「発作です! 押さえて!」

腕を掴まれ、背中を押さえつけられる。

鎮静剤の準備を指示する声が飛び交う。

誰かが羽久の顔を覗き込み、何かを叫んでいるが、意味は届かない。


その時、低い声が割り込んだ。

「……どけ」


仁だった。

誰もが動きを止める。

彼は迷いなく羽久のそばにしゃがみ込み、片手で羽久の視界を覆った。


「ここは、あの場所じゃない」


その声は、病棟の喧噪の中で唯一、羽久の耳に届いた。

冷たい金属音も、足首の痛みも、少しずつ遠ざかっていく。

呼吸がゆっくりと落ち着きを取り戻し、体のこわばりが解けていく。


力が抜け、羽久は仁の胸に額を預けた。

仁は何も言わず、その頭を片腕で支えた。

周囲の看護師たちは鎮静剤を持ったまま立ち尽くし、やがてその必要がないことに気づく。

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『もう一度』 Anonymous @kikyo_aoi

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