人は未来を夢見ます。
何者かになろうとします。
だけど、思い描いた何者かになれる人は僅かです。
本作は、ままならない人生を送る主人公が、野球をする少年と言葉を交わした束の間の心情を描いた物語です。
将来、プロ野球選手になりたいと真っすぐに夢を語った少年。
主人公のなかで、その少年と幼い頃に同じ言葉を言った自身とが重なったのでしよう。
少年のひたむきさが、主人公を新しい夢へ向かわせる後押しとなったようです。
どんな結果になろうと、関係ない。
前向きに生きることは、夢と呼ばれるもの抱えることに他ならない。
彼は、そう気がついたのです。
思い描いた未来を得られなかった人は言います。
世間を知らなかった。努力が足りなかった。才能がなかった。運が悪かった。
すべては、本当のことなのでしょう。
だけど、並べられた言葉たちに意味はありません。
その人にとっての夢は、もう潰えたのですから。
人は、何度でもまた新たな夢を見なければならないのです。
目指す夢の名前が変わったとしても、それを大事に抱えて生きるしか、しかたがないのです。
だって、人生は続くのですから。
人は誰も、夢を持たずに生きれるほど強くはないのですから。
しっかりと夢を抱いた若者も、何度目かの夢を抱え直した大人にも、心に届く物語です。
どうぞご覧くださいますように。
きっと、元気をもらえます。
くたびれた大人と、純粋な少年。この取り合わせの段階で既に勝利は確定しています。
主人公は、夢破れた男。かつては野球選手になりたいと思っていたが、それは叶わなかった。
そして、「叶えようと思うほどの努力をしたのか?」と自問自答し、すぐに「否」と答えることができる。
自分と言う人間は、「そういう奴」なんだよ。
そんな風に自己嫌悪というか、自分という存在を突き離して見ている彼。
そんな彼の前に、野球帽を被った一人の少年が現れる。
ひたむき。純粋。「夢を語る」ということに一切の怯えがない。
大人になると、「現実的かどうか」、「どのくらいの才能と運と努力が必要か」なんてのを最初に考え、「笑われるんじゃないか」なんて恐れも抱く。
でも、そんな大人に特有の「濁り」を持たず、まっすぐな目で「なりたいもの」を語ってみせる少年に、彼の心は揺さぶられる。
彼の心は湿り切っていた。ずっと雨戸を締め切った安アパートの和室のように、心の中の畳みも漆喰もじめじめとして、カビやら虫やらが繁殖していた。
だが、健やかな風のような「若い心」と関わったことで、うじうじと自己嫌悪だの「限界」だのに苛まれている自分との対比を見てしまう。
本当の意味で、自分に足りなかったものは何か。本当はほんのちょっとの気の持ちようで人生なんて大きく変わるものなのかもしれない。
そういう「心の再生」が描かれた、心温まる物語です。