伝書鳩えにし
藤泉都理
伝書鳩えにし
夏休みに入った少年、
何だと正体を探る前、重みと同時に頭の皮膚に突き刺さっている鋭い何かを感じ取った多輔は目を白黒させながら、頭を前後左右に大きく揺り動かすも、正体不明の何かが頭の上から退く事はなく。
誰かに助けを求めようにも、ひとっこ一人歩いてもなければ店もないときた。
手で振り払うしかないのか、だが手で触れようとした瞬間に攻撃をされたらどうする、しかも毒を持っている何かだったらどうすると逡巡していると、鳴き声が頭上から聞こえて来た。
くるっぽー、と。
鳩だと認識した瞬間、多輔は長い溜息を吐いてのち、両手を頭上に伸ばして白鳩を捕まえた。
いくら人馴れしているとはいえ、随分おとなしい白鳩だなあとしげしげ見つめる中で、多輔はその白鳩に足環が付いている事に気付いた。
誰かに飼われている白鳩かもしれないと、多輔が交番に連れて行こうとした矢先、後方から誰かに話しかけられたので振り返ると。
「やあ。ごめんね。その鳩は私の伝書鳩なんだ」
格闘家、スポーツマン、アイドル。
どの職業かは分からないがテレビに出ている凄い人には違いないと思ってしまうくらい、甘いマスクで筋肉隆々の男性が爽やかな笑みを浮かべながら立っていたのである。
「あああああああの。ここここここここの鳩様は伝書鳩でございますものね?」
テレビに出ている人に会うのは初めてだと緊張した多輔は、小刻みに震える両手で掴んでいた白鳩を男性へと手渡した。
「ありがとう。ごめんね。怪我とかしてないかな?」
「は。ははははははい。にゃんともありません」
「そっか。よかった」
「で、ででででは。失礼仕りまするるるるるる」
心臓が破裂するこれ以上間近で見ていられないと背を向けて駆け出した多輔に、何故かその男性は並走しながら一枚のチラシを手渡した。
もしよかったら見に来てくれると嬉しいと一言添えて。
「………雨乞い祭り」
チラシを受け取ると並走を止めた男性に返事をする事もなく、全力疾走した多輔が玄関を破壊する勢いで開けて家の中に入ってのち、心臓をバクバクと大きく忙しなく鳴らしながら、手洗いうがい水分塩分補給をして、仕事に行っているシングルマザーの母親の代わりに家事を手伝いに来てくれている祖母にただいまと言い、自室に駆け込んで漸く、握りしめていたチラシを丁寧に広げて読み始めた。
日付は一週間後、午前六時から近所の神社で行うらしい雨乞い祭り。
チラシには白の法被を着ている老若男女と共に、力強く飛翔している白鳩の写真が載っていた。
そういえば、あの神社は白鳩を祀っていたような気がすると、多輔は思った。
「………飛び入り参加可能。って書いてるけど。参加はするつもりはないけど。六時。六時。かあ。お母さん。確か。仕事じゃない。けど。一緒に来てくれるかなあ。おばあちゃん。六時でももう暑いだろうなあ。おばあちゃん。熱中症になっちゃうかもしれないし」
諦めよう。
多輔は丁寧にチラシを折り畳んで、机の引き出しの中に仕舞った。
「多輔っ多輔っ! お母さん、超イケメンにチラシ貰っちゃったのっ! 見て見てっ! すんごい健康的な超イケメンが待っている祭りがあるんだって! 一緒に行こうねっ!」
「う。うん」
「うわあ。すんごい楽しみっ! お母さん。この日の為に頑張るわっ! ほらほら。飛び入り参加可能だって! やだあ。どうしよう。法被姿が映えるように今からダイエット頑張ろうかしら」
「ダイエットなんかしなくていいよ。お母さん。すんごく素敵だよ」
「た。多輔」
夕刻。仕事から帰って来るなり、多輔に抱き着いてはまくし立てていた多輔の母親は、うるうると目を潤ませた。
「お祭りの帰りに、おばあちゃんと待ち合わせして、美味しいものを食べよっか?」
「うん! すっごく楽しみ!」
母親が手洗いうがいを済ませてのち、祖母と共に夕飯を食べながら、多輔はアイスを買いに行った帰り道の事を話すと、祖母と母親は伝書鳩に琴線が触れたらしく、昔話に花を咲かせ、多輔は祖母と母親の昔話に、時に驚き、時に笑いながら、耳を傾けたのであった。
(2025.8.3)
【経緯】
〇今年は少雨なので雨乞いを主軸に物語を書きたい
〇鳩を調べる中で伝書鳩を発見
〇マスクと筋肉を見た瞬間、甘いマスクと筋肉隆々の男性が思い浮かぶ
〇雨乞いの祭りをしているとニュースで見て、取り入れようと思う
〇では雨乞い祭りを主軸に少年と男性の関わり合いを書こうとしたのだが、シングルマザーの母親と祖母、息子の家族団欒に落ち着いてしまった
〇祭りの時にしか足を踏み入れる事が許されない禁断の島とか登場させたかったのだが、また別の機会に
伝書鳩えにし 藤泉都理 @fujitori
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