天才小学生 湊君――タイムリーパーの憂鬱――

たるたたる

第1話

「おかしい……。」


杉白区立第一小学校。

四年三組担任、村上大輔は給食の時間にふと呟いた。

(おかしいな。湊くんが牛乳を飲んでいる……。)


(彼はいつも牛乳を残してなかったか?)


(そういえば、さっき採点した漢字テストも満点だった。いつもは半分もできてないのに。)


そう思って彼の答案用紙を改めて見返してみる。

(やっぱりおかしい。)


(心なしか字も大人っぽい。どうなってるんだ?)


大学を卒業してから教師一筋20年、このような違和感を覚えたのは、初めてだった。


―――


「君は、誰だ?」


放課後、すっかりオレンジの日が射し込む教室。

湊を一人呼び出し、大輔はついに尋ねた。


ニヤニヤ笑っていた湊の顔から、仮面が剥がれるように表情が消える。


「すごいな、先生は。父も母も全然気付かなかったよ。」


10歳とはとても思えない淡々とした冷たい声だった。


「私は70年後からタイムリープしてきたんだ。」


「今から70年後にはタイムリープが実用化されて、誰でも気軽に過去に戻れるんだよ。」


「先生も100歳まで生きればやり直せるかもしれないよ?」


「再び人生を謳歌できるなんて、長生きはしてみるもんだ!」


高笑いする湊を見つめながら、大輔の中に怒りと、それを覆いかぶせるような悲しみが広がる。

「君は…」


「え?」


「君は何て事をしたんだ!」


「君がしたことは今をいきる10歳の自分を殺す事だ。」


「何言ってるんだよ先生。僕はここにこうして生きてるよ。」


年相応の表情に戻る。しかし目は笑っていなかった。


「湊君の心はどこに行ったんだ! 彼の人格は? 自我は?」


「貴方に塗りつぶされてしまったんじゃないのか?」


湊は自分の心臓に手を当てて黙りこくる。


「湊くんは漢字も苦手だし、牛乳だって飲めなかった。」


「好き嫌いも多いし、忘れ物も多かった。」


「でも彼は、いつも明るくて、クラスの中でも人気者だった。」


「生き物が好きで、かけっこが早い普通の少年だった。」


「僕の知ってる湊くんは君に殺されてしまった!」


湊の顔がみるみる曇っていく。

声がかすれて、今にも言葉が詰まりそうだった。


「そんなつもりはなかった……。」


「私は何て事をしてしまったんだ……。」


「ただもう一度若い体で、思いっきり体を動かしたかった。」


「病院のベッドで寝たきりのまま死んでいくのは嫌だったんだ!」


「もう一度青春を謳歌したかっただけなのに……。」


「何て事を……。」


悲しい顔で大輔が聞く。


「もう戻れないのか?」


湊は力なく首を振る。

茜差す教室で二人はただ立ち尽くすしかなかった。


――ガラッ!


「先生、私もタイムリープしてきたの……。」


突然開いた教室のドアから少女が悲しそうな顔で入ってくる。


彼女の後ろには、クラスメイト達が列をなしていた。

青白い顔に俯いた瞳だけが、別人のように輝いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天才小学生 湊君――タイムリーパーの憂鬱―― たるたたる @ta_ru_ta_ta_ru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ