第7話 :悪疫令嬢と三位一体の厄災(トリニティ・プロブレム)
:悪疫令嬢と三位一体の厄災(トリニティ・プロブレム)
父、アリマ公爵が倒れた――。
その報は、ゴーレムを撃破したばかりのフローレンスに、即座に届けられた。
「…父上が? 原因は?」
「は、はい…公爵様は、お嬢様が起こされた一連の騒動の報告をお聞きになり、『もうわしの胃は限界だ…』と…」
使者の言葉に、フローレンスは珍しく眉根を寄せた。
「…わたくしの行動は、常に最適解を導き出した結果。それが原因で父上の生命維持システムにエラーが生じるなど、論理的ではありませんわ」
反省の色が1ミリもないその態度に、使者は青ざめる。
ともかく、フローレンスは王都へ戻ることを決めた。レオ少年も村の代表として、彼女の護衛(という名のお目付け役)として同行を申し出た。
だが、彼らが出発しようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……!!!!
停止したはずの巨大ゴーレムが、再び大地を揺らし始めたのだ。
フローレンスがドロップキックで砕いた首の付け根、その内部コアが、断末魔のような青白い光を明滅させている。
「自己修復機能…? いいえ、違いますわ。これは、メインシステムがダウンしたことによる、バックアップへの強制移行(フェイルオーバー)…!」
フローレンスの分析と同時に、ゴーレムの巨体に亀裂が走る。
そして、信じがたい光景が展開された。ゴーレムが、胸、腹、脚の三つのパーツに分離し、それぞれが独立した機械生命体として動き始めたのだ。
【アームユニット】
巨大な両腕を持つ上半身だけのゴーレム。背中の噴射口からエネルギーを放出し、空中を浮遊している。
【ウェポンユニット】
胴体部が変形し、無数の砲門が現れた移動砲台。キャタピラで不気味に前進する。
【レッグユニット】
巨大な脚部だけのゴーレム。圧倒的な脚力で大地を蹴り、高速で移動する。
「な、なんだありゃあ!?分裂しやがった!」
レオが叫ぶ。だが、本当の悪夢はここからだった。
3機の分離ゴーレムは、それぞれが異なるアルゴリズムで、一斉に破壊活動を開始した。
アームユニットは、元凶であるフローレンスを直接狙い、空から巨大な拳を振り下ろす。
ウェポンユニットは、村を標的に定め、無差別にエネルギー弾の砲撃を開始。
レッグユニットは、森を縦横無尽に駆け巡り、凄まじいキックで木々をなぎ倒し、退路を断っていく。
「まずい!村が!」
レオが村へ駆け出そうとするが、フローレンスを狙うアームユニットの攻撃がそれを阻む。フローレンス自身も、回避に専念するのがやっとだった。
「…厄介ですわね。わたくしのリソース(資源)が、完全に不足している…!」
初めて、フローレンスの口から明確な弱音が漏れた。
一点集中の脅威には対処できる。だが、同時に発生し、それぞれが異なる目的を持つ三つの脅威。それは、彼女の頭脳をもってしても、物理的に対処不可能な『詰み』の盤面だった。
絶体絶命。誰もがそう思った時、フローレンスは瓦礫の中に転がる、砕け散った『大仏の頭部』に目を留めた。
(待って…なぜ、頭部は分離しなかった? 他のパーツが自律行動できるなら、頭部だけが残る意味がない。違う…あれこそが『マスターコア』。そして、本来は全てのブロックを統括する『制御ユニット』だったのでは…!)
その仮説に、成功確率3.4%の活路を見出す。
「レオ!」
フローレンスは、砲撃を避けながら叫んだ。
「わたくしが最初に作った、あの巨大な鉄のハンマーを! それをテコにして、わたくしをあそこ(大仏の頭部)まで弾き飛ばしなさい!」
「はぁ!? カタパルト代わりってことか!? 無茶苦茶だ!」
「確率ゼロよりマシですわ! やるのよ!」
レオは一瞬躊躇したが、彼女の瞳に宿る狂気じみた確信を信じ、村の若者たちと協力して、巨大ハンマーを即席の投石機へと変える。
「今ですわ!」
フローレンスがハンマーの先端に飛び乗る。レオたちが反対側を渾身の力で踏みつけると、彼女の体は砲弾のように射出され、一直線に大仏の頭部へと向かった。
頭部の砕けた内部に飛び込むと、そこにはフローレンスの仮説通り、複雑な制御コンソールと、緊急用の簡素な操縦席があった。
「ビンゴですわね。外部からの物理ハッキング(ドロップキック)によりメインシステムがダウン。現在は、各ブロックに内蔵されたサブAIによる暴走状態。ですが、このマスターコアさえ掌握すれば…!」
フローレンスは、アリマ家の書庫で読み解いた古代文字とプログラミング言語の知識を総動員し、コンソールの掌握(システム・ハック)を試みる。その間にも、3機のゴーレムがマスターコアの異常を察知し、彼女の元へと迫っていた。
絶体絶命。アームユニットの鉄拳が、頭部を粉砕しようと振り下ろされた、その瞬間。
「――掌握完了(システム・ハック・コンプリート)。『大仏コアブロックシステム』、これより、わたくしの私兵(プライベート・アーミー)として再定義します」
凜とした声が響くと、3機のゴーレムの動きがピタリと止まった。暴走の証だった赤いモノアイが、フローレンスと同じ、冷徹な青色へと変わる。
彼女は、ついに神の兵器を手に入れたのだ。
「さて」
フローレンスは、手に入れた3機のゴーレムを意のままに操り、倒壊した木々を撤去させ、砲撃で空いた穴を埋め立てさせる。その光景は、もはや災害復旧という名のシュールな一人芝居だった。
「父上が倒れた今、王都へ急がなくてはなりません。ですが、馬車では非効率的ですわね」
フローレンスは、悪魔的に、そして楽しそうに微笑んだ。彼女は3機のゴーレムを再び人型に合体させると、その巨大な肩に優雅に腰掛けた。
「行き先は王都。最速ルートでお願いしますわ、『仏(ブッダ)・エクスプレス』」
ズゥン…!
地響きを立て、巨大ゴーレムが王都に向かって走り出す。
父を心配する娘が、父の胃にさらなる追い打ちをかける、過去最大級の『災い』となって帰還することを、まだ王都の誰も知らない。
(第七話・了)
意地悪アルゴリズムは最強の解 ~悪疫令嬢の華麗なる断罪劇 志乃原七海 @09093495732p
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