第6話:悪疫令嬢と起動の鉄槌(ゴーレム・インパクト)


:悪疫令嬢と起動の鉄槌(ゴーレム・インパクト)


「さあ、これでどんな災いが訪れるのかしら。楽しみですわね」


フローレンスが満足げに呟いた、その直後だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!


大地が、先ほどとは比較にならないほど激しく揺れた。それは地震ではなかった。目の前の、『首無し大仏』が、自ら動いているのだ。


「なっ…!」


フローレンスですら、その現象には目を見張った。

石像の全身に刻まれた古代の文様が、青白い光を放ち始める。苔むした石の表面が剥がれ落ち、中から現れたのは、磨き上げられた金属質の装甲。関節部が駆動音を立て、巨大な石の体が、ゆっくりと立ち上がった。


それは、ただの石像ではなかった。

古代文明が遺した、自律防衛ゴーレム。それが、この大仏の正体だったのだ。


長老が、震える声で言い伝えの続きを口にした。

「お、頭が落ちる時、村に災いが訪れる…。そして…大仏様は、その災いを『排除』するために、目覚めるのじゃ…!」


つまり、この場合における『災い』とは――。


ギギギ…と、首無しゴーレムが、その上半身を捻り、フローレンスへと向き直った。頭部のあった場所には、センサーらしき赤い単眼(モノアイ)が、不気味な光を灯している。


【脅威対象(ターゲット):フローレンス・レッド・アリマ を認識】

【プロトコル:殲滅(デストロイ) を実行します】


無機質な合成音声が、森に響き渡った。

「ほう。わたくしが『災い』ですか。面白い解釈ですわね」


フローレンスは、初めて自分と同質の――論理とプログラムで動く敵を前に、不敵な笑みを浮かべた。

だが、状況は最悪だ。彼女が作り出した巨大ハンマーは、先ほどの一撃でひび割れている。対抗できる物理的手段はない。


「お嬢様、お逃げください!」

長老が叫ぶが、もう遅い。


ブォンッ!

ゴーレムの巨大な石の腕が、薙ぎ払うように振るわれた。フローレンスは紙一重でそれを回避するが、背後の木々がなぎ倒され、凄まじい破壊力を物語る。


「逃げる? 非効率ですわ。このゴーレムの行動パターンを解析し、弱点を突く方が、よほど合理的」

フローレンスは、攻撃を避けながらも冷静にゴーレムを分析していた。

(動作は緩慢。だが、一撃が重い。装甲は強固だが、関節部は露出している。狙うならそこ…! しかし、どうやって…?)


攻撃を避け続けるフローレンスの脳裏に、一つの無謀な計画が閃いた。それは、彼女がアリマ家の書庫で読んだ、古代の格闘術に関する一節。成功確率、推定3.4%。失敗すれば、即、圧殺。


(……やるしか、ありませんか)


彼女は、ゴーレMから距離を取ると、大きく息を吸い込んだ。

そして、今度はゴーレムに向かって、全力で走り出したのだ。


「お、お嬢様!? 自殺行為ですぞ!」


ゴーレムもまた、突進してくるフローレンスを迎え撃つべく、その巨大な両腕を振りかぶる。誰もが、彼女の最期を覚悟した。


だが、フローレンスはゴーレムに激突する寸前、信じられない動きを見せた。

彼女は、ゴーレムが振り下ろした腕を、まるで踏み台にするかのように駆け上がったのだ。ドレスの裾が翻り、その体は空中へと舞い上がる。


そして、彼女は空中で体を捻り、両足を揃えて一直線に突き出す体勢を取った。


「――イカれる大仏様!」


彼女の口から、場にそぐわない、しかし妙な迫力に満ちた言葉が飛び出す。


「逆襲の、ドロップキックですわッ!!」


フローレンスが放った両の踵は、寸分違わず、ゴーレムの首の付け根――頭部が接続されていた、最も脆弱な制御機関部に突き刺さった。


バキィィィィィンッ!!!!


ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、ゴーレムの単眼の光が明滅する。

フローレンスの全体重と、落下速度の全てが乗った一撃は、古代ゴーレムの装甲を貫通し、内部のコア回路を破壊するには十分すぎた。


【システム…クリティカル・エラー…シャットダウン…】


巨大なゴーレムは、全ての光を失うと、糸が切れた人形のように崩れ落ち、再びただの石の塊へと戻った。


森に、三度、静寂が訪れる。

着地に失敗し、泥だらけになったドレスのまま地面に倒れ込んだフローレンスは、空を見上げて呟いた。


「……最悪のスローライフですわ」


その声は、心なしか楽しそうに聞こえた。


その日の夕方。王都から緊急の連絡が入った。

『公爵様、ご心労と胃痛の悪化により、ついに倒れる』


フローレンスが巻き起こした災いは、巡り巡って、ついに実の父親を直撃したのだった。


(第六話・了)

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