夏祭り

きょうじゅ

君がいた夏は遠い夢の中

 今とは違った。子供が酒を飲むことくらい、当たり前に許容されていた。そんな、昭和と呼ばれた昔のはなし。


 わたしがはじめてビールというものを飲んだのは夏祭りの日であった。当時、高校生。高校生になって彼氏というものができて、それが夏のことだったから、最初のデートで行ったのが地元の夏祭りだったのである。


 小さい頃、夏祭りというのは親に連れてってもらうものであった。中学生になって、友達同士のグループで行くものとなった。そして高校生、はじめてできた彼氏と過ごす夜である。賑わう夜の街の空気そのものは何も変わらないが、人は変わり続けるものだ。高校生なんてものは考えてもみれば人生の過渡期に過ぎないが、当時のわたしはといえば得意の絶頂で、人生のクライマックスでも迎えたかのような心持ちであった。


 当たり前にたこ焼きは買うのだが、飲み物はジュースじゃなくてビールを買った。彼氏がそうしていたから、わたしもそうしようとしたのである。今の世の中ではめっきり見なくなったが当時の世の中ではビールの自動販売機というものがどこにでもあり、夏祭りの夜にもそいつらは稼働していた。


 人ごみの中、ビールを飲みながら歩く。わたしは浮かれていた。そして浮ついていた。で、気付いたときには手遅れだった。


 急激に悪心が起こって、わたしは道路の真ん中、よりによって人ごみのど真ん中でげえとゲロを吐いた。そりゃあもう、周囲は阿鼻叫喚の状況となったろうが、わたしはその状況を把握していない。前後不覚に近い状態に陥り、とにかくここを離れようとその彼氏君に手を引っ張られ、人ごみから外れたところまで連れて行かれて、そこでしばらく夜風を浴びていたからである。


「……アルコール不耐症だね」


 と彼氏君は言った。彼氏君は優しかった。優しかったと思う。今ではどういう人だったのかよく覚えていないが、少なくともその場面その文脈においては優しくしてくれた。デートをぶち壊しにしたわたしに対して不快を発するでもなく、まだ青い顔をしているわたしの浴衣の背中を優しく撫でたりしてくれていた。


「ごめん、そういう人がいるのは知ってたけど、まさか君がそうだとは予測もしてなかった」


 彼氏君はそう言った。わたしはその頃になると思い出している。そういえば小さい頃にアルコールパッチテストとかいうのを受けさせられて、皮膚が真っ赤に晴れ上がったことがあったっけ。あれは、こういうことだったのですね。


「最初のデートの最初でなんだけどさ」


 彼氏君は言った。


「別れよっか」


 わたしも不同意の意思表示をできるような心境ではなかった。会わせる顔も何もあったものではない。というわけで初彼氏君とはそれっきりになり、それから随分な歳月が流れてわたしにはいい加減初老に差し掛かった夫もいれば大きく成長した子供たちなどもいるが、あれっきり、酒というものは二度と口にしていない。


 お酒には気を付けましょう。自分はよくても、飲めない人というのはいるのです。

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夏祭り きょうじゅ @Fake_Proffesor

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