〖5〗赤色に染まる安物の刃

この物語はフィクションです。実際の人物、団体等とは一切関係ありません。





 パスワードの可能性が、今一番高いが、何のパスワードかわからない状態で、三日が経った。

 皆、ようやく『日記(本命)』を見る覚悟ができたようで、犬の散歩が終わった後に日記を見ることになった。


 今日の散歩当番の翔伍ショウゴは、四匹の犬のリードを持って外に出ていた。


(朝だからマシとはいえ暑すぎだろ。昼に36度とかふざけてるって……!)


 夏に対する愚痴をブツブツとつぶやきながらも、折り返し地点まで来た。

 道を曲がったところで、仲良く喋りながらランニングしていた人達二人に、背後から声をかけられた。


「さ、桜井!?」

漆雅シツガ……?」


 振り返った翔伍は、ランニング中の二人の顔を見て驚く。


「あ、シチのクラスメイトの……」


 二人とは漆雅が亡くなる前に何度か会ったことがあった。

 クラスメイトの二人は翔伍の声を聞いて一瞬驚いた顔をした後に、胸をなでおろした。


「な、なんだ……漆雅の兄さんかよ……」


「は? ……ああ、まあ、よく似てるって言われる」


「一瞬生き返ったのかと思いましたよ……」


 そう言って二人は苦笑いを浮かべる。

 三人は少し世間話をしてから分かれた。翔伍は一度漆雅のクラスでの様子を聞き出そうとすると、クラスメイトは「あー……」という反応を見せた。


 別れ際に、家の塀に遮られ見えなくなっていくクラスメイトの一人が、暗い顔でつぶやいた。




「――やっと、アイツが死んで解放されたかと思ったのに……」




 その言葉を聞いた翔伍は、思わず足を止めた。

 振り返った時には家の塀で姿は見えなくなっていたが、追いかけて聞く勇気は出なかった。


・・✾_✿❀_✾・・


 家に帰った翔伍は、家族が集まっているリビングでこのことを話した。

 あの一言が耳を離れない。家に帰っても翔伍の耳には、その声が心のどこかで響いている気がした。


 静寂に包まれるリビングの中で、一番に口を開いたのは捌夢ヤムだった。


「……じゃあ、やっぱりウー兄は何か隠してたって事……?」


「そりゃ、そうなるでしょうね。『ようやく解放されたと思ったのに』……でしょ? あのタイミングならそういう意味になるわ」


 捌夢に続いて口を開いたのは壱歌イチカ

 壱歌は、日記に手を伸ばしたものの、彼女の手は一瞬止まり、表情は硬くなった


 漆雅の日記を取り囲みながら、きょうだいみんな気が重くなってうつむいた。

 重い空気を変えようと、蒼真そうま陽輝はるきが話を始める。


「そ、そうかもしれないけど、もしかしたら一緒にいたワンちゃんかもしれないよ? ようやく世話から解放されたのにぃ~って」


「それに、その言葉に関してはこの日記に書いてあるかもしれないんですよ? だれも開こうとしないなら、俺らが勝手に見ちゃいますからね?」


 二人の発言もむなしく、静寂の中に消えていく。

 蒼真はムッと口をへの字にし、日記を持つ陽輝から日記を取り上げた。


「もういいもん! 怒っちゃったもんね。勝手に見ちゃうからこの日記!」


 フンッとそっぽを向いて蒼真は日記を開いた。

 その後ろから陽輝が日記をのぞき込む。


 しかし、誰も止めに入らないのが気に食わないのか、蒼真は大声で日記を読み始めた。


「2018年、4月1日、日曜日、晴れのち曇り。今日から日記を書き始めた。家族には偽物の日記を見せた。だって今日の午前中は嘘をついていい日だからね。ああそうだ――」


・・✾_✿❀_✾・・


   2018年、4月1日、日曜日 晴れのち曇り


  今日から日記を書き始めた。

  家族には偽物の日記を見せた。だって今日の午前中は嘘をついていい日だからね。


  ああそうだ、昨日、日記を買いに行く途中で野良猫を見たんだ。だから紐で縛り上げておいた。

  早く帰らないと家族が怪しむし。


  紐、縄、折り畳みナイフ、絆創膏、ボイスレコーダー、メモ、カメラ、盗聴器は常にカバンに入れてる。もちろんハンカチも。


  猫は意外と逃げ回ったよ。捕まえる時に指をひっかかれてしまったからその傷の上から日記の紙で切っておいた。そしたら紙についた血で言い訳ができるしね。


・・✾_✿❀_✾・・


「ああ! 日記返してぇ!」


「仕方ないでしょ渡しなさいよ」

「そうちゃん、一回かしてくれる?」


 壱歌と肆音シオンが蒼真から日記を奪い取り、みんなに見えるように広げた。


・・✾_✿❀_✾・・


   2018年、4月2日、月曜日 曇り


  今日、部活を休んだ。

  家族は部活があると思ってるから、部活がある時間は自由に行動できる。


  だから、昨日捕まえておいた猫を殺した。


  来る途中に買っておいた百金の包丁で、首を落とした。

  それでその包丁と一緒に、同じタイミングで買った百金のリュックに詰めて、駅のロッカーに詰めた。


  そのロッカーの場所は――

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