第3話
第八章:命の継承
誠也は意識を失っていた。蜜美は彼を布団に寝かせ、救急車を呼んだ。
「内臓から出血しています。急いでください」
救急車を待つ間、蜜美は不思議な感覚に包まれていた。舌が千切れた痛みはあるものの、それ以上に体内で何かが起きていることを感じていた。
「これが...母の体験したこと」
蜜美は自分の口内を指で探った。舌は戻っていた。でも形が変わっている。より小さく、丸く、しかし強い生命力を持っているようだった。
医師たちは誠也の内臓の出血に首をかしげた。
「原因不明の内出血です。すぐに手術が必要です」
蜜美は病院の廊下で一人、自分の体の変化に集中していた。戻ってきた舌は、もはや普通の舌ではなかった。誠也のDNAを吸収し、
自分の体内で何かを形成していることを、本能的に理解していた。
「あと10日...それまでに、父に会っておかなければ」
第九章:父との対話
病院から帰宅した蜜美は、父・勝也を呼んだ。
「お父さん、お母さんのことで聞きたいことがある」
勝也は静かに息を吐いた。
「時が来たか...」
「お母さんが亡くなった本当の理由...そして私の出生について教えて」
「お前も、気づいたんだな。自分の体の変化に」
蜜美は頷いた。
「実は、お前のお母さんから全て聞いていた。恵子が亡くなる前に」
勝也の声は静かだった。
「お前が生まれたのは、恵子と田村さんの関係からだということ。そして、お前たち一族の女性が持つ特殊な能力のことも」
勝也は蜜美の手を取った。
「恵子は最後に、貫いた愛を選んだ。たとえそれが癌に侵された命だったとしても、新しい命を生み出すことを選んだ。その代償が、彼女の命だったとしても」
「でも、どうして私に何も言ってくれなかったの?」
「恵子の願いだった。お前が自分で気づき、自分で選択するまで、何も言うなと」
勝也は蜜美の頬に触れた。
「お前は私の実の娘ではないが、私にとっては本当の娘だ。恵子と同じように、お前の選択も尊重する」
「父さん...私、子どもを産むの。でも、普通の妊娠じゃない」
「分かっている。恵子の日記に全て書かれていた。必要なものは全て用意しておこう」
勝也の目には涙が光っていた。
「お前は恵子と違って、生き延びるんだ。約束してくれ」
蜜美は父にしがみついた。
「約束する。私は生きたい、もっと生きたい」
第十章:誠也の選択
誠也は一週間後に退院した。医師たちは彼の回復を「医学的奇跡」と呼んだ。
内出血が不思議と止まり、組織の再生が急速に進んだのだ。
蜜美は自分の体の変化を感じながら、誠也との最後の対面に臨んだ。
「本当にごめん、何が起きたのか説明は難しいけれど」
誠也は弱々しく笑った。
「あの夜...何かが起きたのは確かだ。でも不思議と、怒りはない」
彼の目には、畏れと感謝の色があった。蜜美は驚いた。
「私の中に...あなたの子がいる」
誠也は驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな顔に戻った。
「どういうことだか分からないけど...それがキミの真実なら、受け入れるよ」
「あと3日で、この子は生まれる。そして...」
蜜美は言葉を選んだ。「母とは違って、私は生き続ける。その覚悟がある」
「蜜美...」
「これは復讐じゃない。愛よ」
蜜美は微笑んだ。
「あなたには、真理子さんとの人生がある。でも、私の一部もあなたと生きていく」
誠也は複雑な表情を浮かべた。
「その子...会わせてくれるか?生まれたら」
蜜美は頷いた。
「もちろん。あなたの子どもだから」
二人の間に流れる空気は、もはや恨みや悲しみではなく、奇妙な絆だった。
それは舌が運んだ、新しい形の愛だった。
第十一章:生命の継承
出産の日、蜜美は父の家で静かに産気づいた。
父・勝也は医師を呼ばず、蜜美の希望通り、二人だけでこの瞬間を迎えた。
誠也も呼ばれ、言葉にできない緊張と畏怖の中で立ち会った。
「もうすぐよ...感じる」
蜜美は静かに息を整えた。母の時とは違う。彼女は生きる選択をした。
そして、それは起きた。
蜜美の口から小さな生命体が現れた。普通の赤ん坊よりはるかに小さいが、完全な形をした女の子だった。
「これは...」
勝也は驚きの表情を隠せなかった。蜜美を娘として愛してきたが、今、目の前で新しい命が誕生する瞬間を目撃していた。
「恵子が語っていた通りだ...」
父・勝也が静かに言った。
「恵子の日記によれば、1週間で普通の赤ん坊の大きさになるはずだ」
誠也は言葉も出ないほど驚いていた。
「こ、これが...僕の...?」
「あなたのDNA、私のDNA。二人の子ね」
蜜美は微笑んだ。
小さな命は、すでに目を開け、周囲を見回していた。
その瞳の奥に、不思議な深みがあった。
「美々...あなたの名前は美々」
蜜美は小さな命を優しく抱きしめた。
そして。息を引き取った。
## 第十二章:愛の形
五年後。
美々は元気に5歳になっていた。見た目は普通の女の子だが、時折見せる深い眼差しは、蜜美そのものだった。
誠也と真理子は結婚し、別の街に住んでいた。
月に一度、美々は父・誠也に会いに行く。
最初、真理子は戸惑い、この不思議な出自を持つ子どもを受け入れることに抵抗があった。
「どうして受け入れなきゃいけないの?私たちの子じゃないわ」
と真理子は誠也に詰め寄った。
「でも、確かに俺の子なんだ」
誠也は静かに答えた。
「責任を取りたい」
徐々に、真理子も美々の純粋さに心を開いていった。
「不思議な子ね。でも、悪い子じゃないわ」
そして、美々が初めて「パパ」と呼んだとき、誠也は確信した。
これが蜜美の残した最後の贈り物であり、同時に彼への最大の復讐だと。
彼は一生、美々を通して蜜美を思い続けることになる。それこそが、蜜美の望んだことだったのだろう。
しかし誠也は、その復讐を甘んじて受け入れていた。それが自分の犯した過ちへの償いだと感じていたから。
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舌先の幸福 奈良まさや @masaya7174
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