バナナの皮×(女子高生(真)+女子高生(偽))
氷見錦りいち
バナナの皮は面白い
「バナナの皮は面白い。少年はそう思わないかい?」
「……頭打っておかしくなった?」
私が指摘すべき点は二点あった。
まず、この場に少年はいない。
次に、お前は少年を少年と呼べる年齢じゃない。
高校一年生は少女だ。
八月一日。
私は
恐るべきことに、私の奢りである。
高校一年生である私が奢りである。
悲しくなるので経緯は省くが、高を括って勝負に挑んだ結果ということだけで察していただければ幸いだ。
「いやいや、私は事実を言ったまでだよ」
「なんの事実よ」
久しく会わない内に何に影響を受けたのか、氷見錦は「ふふ……」と、らしくもなく静かに笑う(ちなみに普段は「ギャハハハ!」だった。本当に何があった)。
「考えてもみてくれ。あの黄色いバナナの皮を」
「あーうん、バナナの皮は黄色いね」
「もしも赤かったらどうだろう。皮を剥いたら……ふふ、タコさんウインナーだ」
「フローズンラテ奢ったし帰っていいよね?」
席を立とうとテーブルに手をつくと、氷見錦はその手を両手でがっしり掴み、ゆるりと首を横に振った。
コイツが男ならバッグで殴ってる。
「おい離せ。私は家に帰ってゲームをするんだ」
「いいや、まだ帰らないよ。それよりも私の話を聞いてくれ」
「聞いたから帰りたいんだけど?」
「後悔はさせない」
「後悔だらけだよ」
高校からの付き合いだけど、後悔させられてばっかりだ。何度やらなきゃよかったと思わされたことか。
次第に強くなる握力に私は根負けし、再び席に着いた。
勉強で負けて力比べで負けて、ついでにルックスでも僅差で負けてる私(若干の誇張は乙女心だと思ってほしい)には、この状況を覆すだけの力は無かった。ファッションセンスだけは勝ってるけれど、ロングスカートにアロハシャツを組み合わせる馬鹿に負ける奴なんてそうはいない。家を出る時によく止められなかったな。
「はい、じゃあ続きをどうぞ」
私は適当に振って、スマホを起動した。馬鹿馬鹿しい話は聞き流すに限る。
「挑戦的だね……そういう態度、私は嫌いじゃあない」
「本当に頭大丈夫?」
聞き流すつもりが早速ツッコミを入れてしまった。
おかしいな。コミカルなキャラクターから脱却しようとしてたはずなのに。
「バナナの皮は、本当に面白いんだよ」
同じことを繰り返す氷見錦。赤かったらバナナじゃねえだろ――と思って検索すると、赤いバナナがヒットした。
……あるんだ、赤いバナナ。
それでもタコさんウインナーにはなりそうもないけど。
「想像してご覧。道の真ん中にバナナの皮がポツンと落ちてるところを。きっと、みんな奇異の目を向けるだろう。これがメロンやスイカの皮じゃ、そうはいかない」
「そりゃ生ゴミにしか見えないもん……はっ!」
いけない。我慢してるのに身体が勝手に反応しちゃう。
スマホに集中集中!
「街を行き交う人々。歩道の上にポツンと落ちてる、目立つ黄色の皮。観衆はみんなこう思うんだ。『ああ――誰か踏んでくれないかな』、と」
「わかる!」
思わず叫んでしまった。
ふふ、と余裕の笑みを見せる氷見錦。
くそっ、これも策略だったか。
「バナナの皮はね、滑るんだ。私も昨日試してみたけどね、これがなかなかどうして滑る。これを初めてコメディに採用したのは、かの喜劇王チャーリー・チャップリンだと言われている。つまり、バナナの皮は世界に通じるんだよ」
「…………」
そんな雑学、ちっとも面白くない。
何故ならそんなこと、既にチェック済みだからだ。既知の情報に驚くほど私はマヌケじゃあない。
「ちょうどここに、バナナの皮がある」
「なんで!?」
氷見錦がバッグから取り出すと同時に叫んでしまった。
しかしよく見るまでもなく、おもちゃのバナナの皮だった。
「ふふ、本物かと思ったかい?」
冷静に笑う氷見錦に、無性に腹が立つ私。駄目だ私、落ち着け私。このままじゃ氷見錦の思うツボだ。
「本物は無いよ。ここに来る途中で私が食べてしまったからね」
「皮じゃないよね? 中身だよね?」
「さすがに皮を生で食べる勇気は無いよ。ふふ、ゴミはゴミ箱へ。マナーは大切だよ」
両手で掴んで私を引き留めたのはマナー違反じゃないのか?
ジト目で睨むと、薄い笑顔とウインクが返ってきた。
……どうしよう、また救急車を呼んだ方がいい気がしてきた。
「つまるところ、バナナの皮の面白さとは『可能性』だ」
私の心配をよそに、おもちゃのバナナを手慰みに弄りながら氷見錦は続ける。
「道端に落ちていれば『誰かが踏まないかな』と可能性を期待してしまうし、鞄から取り出せば『鞄の中身が大変かも』と可能性に怯えてしまう。その一喜一憂こそが、バナナの皮の魅力。事実、きみも反応しただろう?」
「うぐ……」
反応した手前、何も言い返せない。
「バナナの可能性は魔性と言ってもいい。『誰か踏んで欲しい』と思わせると同時に、『本当に滑るか踏んでみたい』と思わせてくれる」
「……まあ、アンタはそうでしょうよ」
「ところで、未必の故意という言葉を知っているかな?」
「密室の恋?」
吊り橋効果みたいなやつ?
「過失と故意の故意だよ」
ふふふ、と氷見錦はクールに――いや、嫌らしい笑みを浮かべた。
「『誰かが階段から落ちるかもしれない』と想像できるのに、階段にバナナの皮を捨てた結果、本当に階段から落ちてしまった。とかね」
「……なにが、言いたいの?」
「なにって、簡単だよ」
そう言って、胸ポケットから普段掛けてないはずの銀縁の眼鏡を掛けた。
「私はきみの胸の棘を取りに来たんだ。氷見錦千里衣さん本人に代わってね」
「…………?」
私は首を傾げた。
何を言ってるんだコイツは。
あの時、やっぱり打ちどころが悪かったんじゃないのか?
「おいおい、この期に及んでまだ私の顔をちゃんと見れてないのかい? きみの罪悪感も随分強情だねえ」
これまでのクールな口調を崩して氷見錦は言う……いや、違う。
コイツは氷見錦じゃあない。
雰囲気こそ似てたけれど、全くの別人だ!
「誰!?」
「誰って、本人の代理さ。そう言っただろう?」
とっさに距離を取る私に対し、氷見錦の偽物はそう言って胸を張る。
「私もまさかだよ。こんなのすぐにバレると思ったんだけれど、意外とバレないものなんだねえ」
そう言って笑う。
「それだけきみは責任感が強いんだろう。でなきゃ久しぶりに会っただけで、顔も分からないなんてことはないはずだからね。ふふふ、聞いてたよりもずっといい子じゃないか。本人も素直に言えばいいのに」
「いや、訳知り顔のところ悪いけど、誰だよアンタ」
「だから何度も言う様に、本人の代理だよ。現在入院中のね」
「入院中!?」
思わず叫んでしまった。
だって、そんなことは全く聞いてない。
「恥ずかしかったんだろうね。きみがわざと捨てたバナナの皮を調子に乗って踏んだ結果、コケて打ち所が悪く入院だなんて、まあ恥ずかしくて言えないか」
「思い切り言ってるし」
っていうかそれ、夏休み初日の話で……。
「んん? 待って。じゃあ私がずっと連絡してたのは?」
「心配しなくても今日だけ彼女のスマホを借りてたのさ」
スマホを取り出して、私とのやり取りの履歴を開いて見せた。
……や、そんな貴重品よく他人に貸したな。
ついでに私と氷見錦(本物)のツーショット写真をアップで見せてくれた。顔つきは似てはいるけれど、目の前の人物とは全くの別人だった。
「本人も別に動けないわけじゃないから、私ともよくやり取りしていたよ。まったく、いくら恥ずかしいからって、友人にこんなサプライズを仕掛けなくてもいいだろうにね」
「……いや、ホントだよ」
私は落ちるように椅子に座り直した。
なんかどっと疲れが溢れてきた。
「さて、その手の専門家からきみにアドバイスだ」
「その手ってどの手よ」
「刑事事件の専門家――もっとも、警察よりは弁護士に近いかな」
「弁護士ってアンタいくつよ」
「アラサーだよ」
「うそだー」
「逆鯖読んだってしょうがないだろう」
そう言って、今度は運転免許を取り出した。
そこに書かれていた生年月日は今日より三十年以上前を指していた。
その見た目でマジでアラサーなのか。逆に詐欺だろ。
「あれ? 烏羽ってどっかで聞いたような……」
「ああ、つい最近きみの学校で仕事をしていたのでね。氷見錦さんとはその時からの仲だよ」
しれっと言う氷見錦代理、改め烏羽。
どうやら覚え違いではなかったけど、なんで聞いてたんだっけ。聞き流してたから覚えてないや。
「ちなみにサプライズに乗っかったのはバナナの皮と一緒、単純な興味。バレた時点でネタバラシをするつもりだったよ。さて、閑話休題。専門家としてのアドバイスだけどね、きみの行いは罪に問われることはないよ」
フローズンラテを一口飲んだ後、烏羽は続けた。
「確かに悪ふざけの結果、氷見錦さんは怪我をして入院する形になったけれど、それは彼女が危険だと認識した上でチャレンジした結果だ。法的に見ればきみはなにも悪くない。大人から見ても全然悪くないけどね。それでも悪いと思ってるならお見舞いに行ってあげたらどうだい。本人の顔を見て笑ってやれば、きみの罪悪感も溶けてなくなるだろう」
「や――でも、場所なんて」
「ところで、私はこれからこのスマホを返しに行くんだけれど、一緒に行くかい? この飲み物はガソリン代として頂いておくよ」
彼女はいつの間にか、フローズンラテを飲み干していた。
少し考えた後、私も抹茶フラペチーノを飲み干した。
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バナナの皮×(女子高生(真)+女子高生(偽)) 氷見錦りいち @9bird
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